バイオテクノロジー

NBRCニュース 第29号

◆◇◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆◇◆
                   NBRCニュース No. 29(2014.10.1)
◆◇◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆◇◆

 NBRCニュース第29号をお届けします。今号は微生物あれこれ、微生物の保存
法の2つの連載をお届けします。保存法は、カビやキノコの新種記載に必要な
標本の作製についてです。基礎から具体的な作製方法まで、3回に分けてご紹
介いたします。最後までお読みいただければ幸いです。

(等幅フォントでご覧ください)

======================================================================
 内容
======================================================================
  1.新たにご利用可能となった微生物株(2014年7月18日~9月17日)
  2.微生物あれこれ(26)
    Gluconacetobacter属細菌株のバクテリアセルロース産生能の違い
  3.微生物の保存法(15)
    菌類乾燥標本の作製法(1. 標本の意義)
  4.MiFuPを用いた微生物遺伝子機能の検索方法の紹介
    ~あなたの微生物のポテンシャルは?~
  5.NITEバイオテクノロジーセンター展示のお知らせ

======================================================================
 1.新たにご利用可能となった微生物株(2014年7月18日~9月17日)
======================================================================
 酵母 1株、糸状菌 3株、細菌 38株、アーキア 1株、微生物ゲノムDNA 3種類
を新たに公開しました。培養が難しい硝化細菌Nitrosomonas europaea NBRC 
14298のゲノムDNAがご利用可能となりました。
 
【新規公開株一覧】 
https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/nbrc/new_strain/new_dna.html

======================================================================
 2.微生物あれこれ(26)
   Gluconacetobacter属細菌株のバクテリアセルロース産生能の違い
                             (村松由貴)
======================================================================
 セルロースは地球上で最も豊富に存在する高分子で、そのほとんどは植物に
よって作られますが、カビや細菌にも合成するものがあります。中でも細菌が
合成するものはバクテリアセルロースと呼ばれ、スピーカーの音響振動板など
の工業用素材として利用されています。バクテリアセルロースを作る細菌とし
てはGluconacetobacter属が知られています。ナタデココはココナッツ水をG. 
xylinusによって発酵させて作られ、あの独特の食感はバクテリアセルロース
によるものです。NBRCから入手できるGluconacetobacter属細菌の中で、どの
株のセルロース産生能が高いのかというお問合せを時々いただきますので、
G. xylinus 10株、G. hansenii 4株の合計14株について、その調査を行いまし
た。
 NBRCではGluconacetobacter属細菌用の培地として、主にNo.804もしくは350
培地を指定しており、どちらも0.5%のグルコースを含んでいます。しかし、こ
れらの培地では、産生されるバクテリアセルロース量が非常に少ないことが分
かりました。文献では(12)、バクテリアセルロース産生能試験において2%
グルコースを含むHestrin–Schramm(HS)培地が用いられていたことから、基
礎培地(酵母エキス 10 g、蒸留水 1 L、pH 6.8)に、グルコースを2%加えた
培地と10%加えた培地を用いて試験を行いました。また、エタノール添加の有
無による産生能の変化についても確認しました。
 その結果、菌株によってバクテリアセルロース産生量は大きく違うことが分
かりました。NBRC 13693を除き、グルコースの濃度を2%から10%に上げても産
生量が増えないことから、必ずしもセルロースの素となるグルコースが多けれ
ばよいというわけではないようです。また多くの場合、0.5%のエタノールを加
えると産生量が増えました。結果として、2%グルコースと0.5%エタノールを添
加した培地で産生量が高くなる傾向が見られました。Chawlaらは、グルコース
を炭素源として使用した場合は副産物としてグルコン酸ができて培地のpHが下
がり、バクテリアセルロース産生量が減少すると述べています(3)。酢酸菌
の培養ではpHの降下を防ぐために培地に炭酸カルシウムを添加することがあり
ますが、今回はバクテリアセルロースの重量測定への影響を避けるため、水に
溶けない炭酸カルシウムは加えておりません。
 バクテリアセルロースを作らない株として知られているG. xylinus NBRC 
3288については全ゲノムシーケンス解析が行われており、セルロース合成に必
須と考えられる遺伝子に変異があることが明らかにされています(4)。今回
の試験でも、この株はセルロースを産生しませんでした。なお2013年に、G. 
xylinus NBRC 3288を新種Gluconacetobacter medellinensisに分類することが
提案されました(2)。
 ところで、Gluconacetobacter属を分割して一部の種をKomagataeibacter属
に移す論文が発表されています(56)。これに伴いNBRCカタログでは、G. 
xylinusG. hanseniiおよびG. medellinensisの学名を、K. xylinusK. 
hanseniiおよびK. medellinensisに変更して公開しています。カタログでは、
引き続きGluconacetobacter xylinus等の学名で検索することも可能です。試
験結果の詳細は、下記のウェブページに掲載しております。ご不明な点がござ
いましたら、お気軽にお問い合わせください。 

セルロース産生量の比較

 基礎培地へのグルコースとエタノール添加によるセルロース産生量の比較
 NBRC 16672 左:2%グルコースと0.5%エタノール 右:2%グルコース

【詳細】 https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/support/cellulose.html

【文献】
 (1) Usha et al. (2011) J. Microbiol. Biotechnol. 21:739–745.
 (2) Castro et al. (2013) Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 63:1119-
   1125.
 (3) Chawla et al. (2009) Food Technol. Biotechnol. 47:107–124.
 (4) Ogino et al. (2011) J. Bacteriol. 193:6997-6998.
 (5) Yamada et al. (2012) Ann. Microbiol. 62:849-859.
 (6) Yamada (2014) Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 64:1670-1672.

======================================================================
 3.微生物の保存法(15)
   菌類乾燥標本の作製法(1. 標本の意義)        (稲葉重樹)
====================================================================== 
 NBRCをご利用の皆様は、微生物の研究において培養菌株(culture strain)
が大切なものであることは重々ご承知のことと思います。一方、糸状菌(カビ
やきのこ)の研究では標本(specimen)も培養菌株と同等、もしくはそれ以上
の重要性をもっています。「微生物の保存法」では今回より3回にわたって菌
類の乾燥標本の作製法をご紹介します。1回目は、糸状菌研究における標本の
意義について概説します。

◆ なぜ標本が必要か?
 微生物の中でも細菌などは形態的特徴に乏しいため、分類や同定に際しては
生理学的・生化学的特性が重視されてきました。それらの性状を比較するため
には、生きている純粋培養菌株が保存されていることが重要です(NBRCニュー
ス第8号)。それに対し、糸状菌の場合には形、特に生殖器官の形態が重要な
分類・同定形質となります。アオカビなどのカビでは、菌株を培養して分類学
的に重要な器官を培地上で形成させ、その形態を観察することができます。し
かし、糸状菌には動植物の絶対寄生菌(さび病菌やラブルベニア目菌など)で
培養が不可能か極めて難しいものや、マツタケなど培地上で菌糸体の培養はで
きても、いわゆるきのこのような分類・同定に用いられる器官が形成されない
ものが多く含まれます。これらの糸状菌では、分類形質を備えた標本を保存し
ておかないと分類学的な検討を行うことができません。

◆ タイプ標本
 糸状菌の場合、原核生物における基準培養菌株(type culture strain)の
役割を標本が担っています。糸状菌に学名を付け、その学名を維持し管理する
ためのルールである国際藻類・菌類・植物命名規約(ICN)では、学名の基準
となるタイプは「単一の標本または1つの図解である」と定められており(第
8.1条)、分類群の学名のタイプ標本は、「生きている生物や培養株であって
はならない」とされています(第8.4条)。ただし、標本作製が困難な藻類や
菌類では、培養株が不活性な状態(凍結乾燥や超低温保存)で保管されている
場合もタイプとして受け入れられます(第8.4条)。タイプ標本は公開のハー
バリウム(植物標本館)や微生物保存機関で細心の注意を払って保存されてお
り、研究者が依頼すれば参照することができます。一方でICNは、藻類や菌類
の場合で実行可能ならばホロタイプ(holotype:学名の著者が指定した命名法
上のタイプ)試料から生きた培養株が分離され、少なくとも2カ所の研究機関
や遺伝子資源保存機関に保管されるべきとも勧告しています(勧告8B.1)。タ
イプ標本由来の培養株は、「ex-holotype strain」などと「ex-(由来するの
意味)」を付けて参照され、原核生物の「type strain」とは区別されます。
 タイプ標本のみならず、標本は研究結果を保証する証拠(voucher)として
貴重なものです。後になって再検討できるように適切に作製され、保管されな
ければなりません。

◆ 標本の種類
 糸状菌の場合、菌の種類によって標本の作製方法は多様です。植物寄生菌の
場合は宿主ごと乾燥標本(さく葉標本、いわゆる押し花や押し葉の標本)を作
製します。担子菌類や子嚢菌類の大型の子実体(きのこ)の標本作製には、乾
燥、凍結乾燥、液浸などさまざまな方法が適用されます。アオカビのようなカ
ビの場合は、寒天培地で培養したコロニーを乾燥標本としたりプレパラートを
作製したりします。

 次回はきのこの乾燥標本の作製方法、3回目では培養菌株の乾燥標本の作製
方法を解説します。

【国際藻類・菌類・植物命名規約(ICN)】
 http://www.iapt-taxon.org/nomen/main.php

【ハーバリウム】
 http://sciweb.nybg.org/science2/IndexHerbariorum.asp

【文献】
 日本植物分類学会国際命名規約邦訳委員会 訳・編集(2012) 国際藻類・
 菌類・植物命名規約(メルボルン規約)、北隆館、東京.

======================================================================
 4.MiFuPを用いた微生物遺伝子機能の検索方法の紹介
   ~あなたの微生物のポテンシャルは?~        (木村明音)
======================================================================
 微生物は、食品や医薬品の生産、環境汚染物質の分解など様々なすばらしい
機能をもっており、古くから産業利用されています。微生物の有用機能につい
ては精力的に研究が行われ、関連する遺伝子群についての知見も蓄積されてき
ました。また、次世代シーケンサーの普及とともに、これまでと比べてゲノム
配列の入手が容易になりました。しかし、手持ちの微生物のゲノム配列を読ん
ではみたものの、そこから微生物の能力を予測する方法がわからない、という
ことはないでしょうか。そのような時は、NBRCニュース第26号でご紹介した微
生物遺伝子機能検索データベースMiFuP(ミファップ)の「機能検索」をご利
用ください。お手持ちの微生物がビタミン生産や有機化合物分解などの産業有
用機能を持っているかどうかを、ゲノム配列から予測できます。今回はこの「
機能検索」の使い方について詳しくご紹介します。お手持ちの配列から手軽に
検索対象の微生物がもつ能力(ポテンシャル)を予測できますので、皆様の研
究開発に是非ご活用ください。

◆ 機能検索の使い方
(1) 配列の準備
  検索したい微生物のゲノム配列データをFASTA形式(注1)で準備してくだ
  さい。6MB程度までのデータを検索にかけることができます。複数の配列
  をまとめて検索することも可能です(画像付きウェブ版の図1をご覧くだ
  さい)。
(2) 検索
  MiFuPのサイトにアクセスしてください。上部メニューの「機能検索」か
  ら配列ファイルをアップロードするか、配列を入力ウィンドウに直接入力
  します。入力した配列種別{ゲノム塩基配列、CDS(タンパク質に翻訳さ
  れるコーディング領域)塩基配列など}を選択し、検索を実行してくださ
  い(画像付きウェブ版の図2をご覧ください)。5MB程度のデータの場合、
  20分程度で結果画面に遷移します。検索中に表示されるURLは約1ヶ月有効
  で、後からアクセスすることも可能です。
(3) 結果
  お手持ちの配列に予測される機能や、その関連遺伝子(推定CDS)の一覧
  が表示されます(注2、画像付きウェブ版の図3をご覧ください)。各機能
  の詳細はMiFuP wikiでわかりやすくご紹介しています。

 2014年10月現在、MiFuPでは83種類の機能を検索対象にしており、今後は更
に皆様のご要望に応じていく予定です。ご不明の点やご要望等がございました
ら、お気軽にお問い合せください。

 注1.1行目に「>」で始まるシーケンスデータを識別するための任意の文字
    列を記載し、2行目以降に実際のシーケンスデータを記載する形式。
 注2.ゲノム配列からの予測です。機能の発現は保証いたしかねますので、
    ご注意ください。

 図1. 用意する配列

 図2.配列入力画面

 図3.結果画面

【MiFuP】 https://www.nite.go.jp/nbrc/mifup/

【MiFuP wiki】 https://www.nite.go.jp/nbrc/mifup/wiki/

======================================================================
 5.NITEバイオテクノロジーセンター展示のお知らせ
======================================================================
 以下に出展いたします。お立ち寄りいただいた皆様からのご相談やご質問に
もお答えします。是非お越しください。

食品開発展2014
 日程:平成26年10月8日(水)~10日(金)
 場所:東京ビッグサイト西1、2ホール&アトリウム
    http://www.hijapan.info/

BioJapan2014
 日程:平成26年10月15日(水)~17日(金)
 場所:パシフィコ横浜
    http://www.ics-expo.jp/biojapan/main/
 番号:B609 製品評価技術基盤機構
    C212 JBA機能性研究会&JBAヘルスケア研究会共同出展ゾーン内

環境微生物系学会合同大会2014
 日程:平成26年10月21日(火)~24日(金)
 場所:浜松アクトシティコングレスセンター
    http://www.microbial-ecology.jp/meeting/

アグリビジネス創出フェア2014
 日程:平成26年11月12日(水)~14日(金)
 場所:東京ビッグサイト西4ホール
    http://agribiz-fair.jp/2014/

======================================================================
 編集後記
======================================================================
 編集局は、今号も一問答ありました。菌類乾燥標本の作製法で登場した「さ
く葉標本」の「さく」です。平仮名のままでいいのか、かと言ってどんな漢字
か分からず辞書を引いて調べたところ「月+昔(JIS漢字コード 腊)」
の文字が当てはまりました。常用漢字ではないため本文中ではかな表記となり
ましたが、このような単語自体知りませんでした。標本の話は、局長が漢字も
含めて勉強になったとつぶやきましたが、今後も面白く勉強になる記事を皆様
にお届けしたいと思っています。(JS)

◆◇◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆◇◆
・受信アドレス変更、受信停止は以下のサイトからお手続きください。
 https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/others/nbrcnews/nbrcnews.html
・NBRCニュースは配信登録いただいたメールアドレスにお送りしております。
 万が一間違えて配信されておりましたら、お手数ですが、下記のアドレスに
 ご連絡ください。
・ご質問、転載のご要望など、NBRCニュースについてのお問い合わせは、下記
 のアドレスにご連絡ください。
・掲載内容は予告なく変更することがございます。掲載内容を許可なく複製・
 転載されることを禁止します。
・偶数月の1日(休日の場合はその前後)に配信します。第30号は12月1日に配
 信予定です。

編集・発行
 独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)バイオテクノロジーセンター
 NBRCニュース編集局(nbrcnews@nite.go.jp)
◆◇◆ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆◇◆


お問い合わせ

独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター  生物資源利用促進課
(お問い合わせはできる限りお問い合わせフォームにてお願いします)
TEL:0438-20-5763
住所:〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 地図
お問い合わせフォームへ