バイオテクノロジー

NBRCニュース 第36号

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                      NBRCニュース No. 36(2015.12.1)
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 NBRCニュース第36号をお届けします。今号は放線菌の研究における大村先生のノーベル
賞受賞を祝して特別記事を加えてお届けします。また、今年度から新たに始めるワーク
ショップと生物多様性条約の国際情報公開についてのお知らせもあります。最後までお読
みいただければ幸いです。

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 内容
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 1.微生物からのすばらしい贈りもの(大村先生のノーベル賞受賞によせて)
 2.新たにご利用可能となった微生物株
 3.微生物あれこれ(32)放線菌と胞子
 4.微生物の培養法(18)植物細胞の培養法
 5.平成27年度 NBRCワークショップ開催のお知らせ
 6.生物多様性条約関連の国別情報公開/相談窓口の開設

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 1.微生物からのすばらしい贈りもの(大村先生のノーベル賞受賞によせて)
                                   (藤田信之)
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 大村智先生が今年のノーベル生理学・医学賞を受賞されることになりました。NBRCの職
員一同、心よりお祝いを申し上げます。
 大村先生は北里大学および北里研究所において、半世紀近くにわたって、微生物が生産
する抗生物質等の天然有機化合物(二次代謝産物)の探索と実用化の研究をリードされて
きました。この間に新たに発見された化合物は500種類近くに上っています。その中で
も、放線菌Streptomyces avermitilisから分離されたエバーメクチン(およびその化学誘
導体)が人および動物用の駆虫薬として広く用いられています。これにより、人々の健康
と福祉に計り知れない恩恵をもたらしたことが、今回の受賞理由となりました。
 先生のご業績は医療や畜産分野にとどまるものではありません。一般にはなじみが薄い
かもしれませんが、大村先生が微生物から発見されたスタウロスポリン、セルレニン、ラ
クタシスチン、バフィロマイシン(セタマイシン)などの数多くの化合物が、酵素阻害剤
や膜輸送体の阻害剤として、基礎医学や生化学における重要な研究ツールとなっていま
す。また、次々と発見される複雑な分子構造を持つ新規化合物は、有機合成化学の分野に
も大きな刺激を与え続けてきました。先生が医学、化学、微生物学などの幅広い分野で多
くの権威ある賞を受賞されてきたのも当然のことと言えるでしょう。
 ところで、NBRCの菌株コレクションの中では、二次代謝産物の主要な探索源となってい
る放線菌と糸状菌が最も大きな割合を占めています。もちろん、ノーベル賞受賞の対象と
なった放線菌Streptomyces avermitilisNBRC 14893として入手が可能です。また、北里
大学との共同事業として、Streptomyces avermitilisの全ゲノム解析にも貢献しました。
ゲノム解析の結果、この放線菌が、それまでに知られていたエバーメクチン以外に30種類
近くの二次代謝産物を合成する遺伝子群を「隠し持って」いることがわかりました。2000
年代はじめに公表されたこの成果は、微生物が持つ高い潜在能力にあらためてスポットを
当てるものとなりました。

          Streptomyces avermitilis NBRC 14893の電子顕微鏡写真

        Streptomyces avermitilis NBRC 14893の電子顕微鏡写真

 手元に黄色い表紙の一冊の本があります。大村先生がご自身の研究グループの成果をま
とめられたものです。そのタイトルである「Splendid Gifts from Microorganisms」とい
う言葉に、長年にわたって献身的に研究を続けてこられた大村先生の思いが込められてい
るように思います。微生物からのすばらしい贈りものを私たちがますます享受できるよ
う、NBRCが少しでも皆さんのお役にたてればと願っています。

【DOGANデータベースのStreptomyces avermitilisのページ】
・英語解説
 http://www.bio.nite.go.jp/dogan/project/view/SAV
・日本語解説
 http://www.nite.go.jp/nbrc/genome/project/annotation/analyzed/ma-4680.html

【DoBISCUITデータベースのエバーメクチンのページ】
 http://www.bio.nite.go.jp/pks/cluster/view/9c670941c4131b633ecfa4ff6c60c899fb559955

◆◇NHK「サイエンスZERO」の祝!ノーベル賞(1)の撮影協力をしました◇◆
【番組情報】 http://www.nhk.or.jp/zero/
      再放送 12月5日(土)昼0時30分~

◆◇日本テレビ「所さんの目がテン!」のノーベル賞特集の撮影協力をしました◇◆
【番組情報】 http://www.ntv.co.jp/megaten/

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 2.新たにご利用可能となった微生物株
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◆ NBRC株、ゲノムDNA
 糸状菌 50株、細菌 54株、アーキア 2株、藻類 1株が、新たにご利用可能となりまし
た。
 糸状菌には、食品総合研究所の矢部希見子博士(現・福井工業大学)による、アフラト
キシン生合成遺伝子クラスターの破壊株Aspergillus parasiticusのシリーズ37株が含ま
れます。
 細菌では、アワビの消化管から分離されたFormosa haliotis NBRC 111189~111192を公
開しました。これらの株は、次世代のバイオ燃料生成などに有効であると期待されていま
す。また、家畜堆肥コンポスト由来のアンモニア酸化細菌Nitrosomonas stercoris NBRC 
110753を公開しました。この株は1 Mの高濃度アンモニア存在下で増殖することが報告さ
れています。

【詳細】 http://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/nbrc/new_strain/new_dna.html

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 3.微生物あれこれ(32)
   放線菌と胞子                         (田村朋彦)
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 放線菌は細菌の一種でありながら、多様な形態分化を示します。例えば、土壌中に生息
する放線菌の中で最も種類が多いStreptomyces属は、基底菌糸(substrate mycelium)上
に気菌糸(aerial mycelium)を形成し、さらに気菌糸の先端が胞子へと分化します。胞
子の形状および胞子着生状態(分節胞子、胞子嚢胞子など)といった形態的特徴は、胞子
を形成する放線菌の菌種を分類、同定する手がかりとなります。また、胞子状態ですと保
存性もよいことが知られているため、保存標品を作製する場合や、培養した菌体を長い間
保管したい場合は、胞子を十分に形成させることが重要です。

 左:放線菌の胞子連鎖 右:放線菌の胞子嚢

     (左)放線菌の胞子連鎖(Actinospica sp. NBRC 101178)
     (右)放線菌の胞子嚢(Cryptosporangium arvum NBRC 15965)

 そもそもなぜ、放線菌は胞子を形成するのでしょうか?胞子は休眠細胞とも呼ばれてい
ます。実験室では通常、栄養豊富な条件で培養しますが、自然界、特に放線菌が存在する
土壌中は一般的に貧栄養状態なので、栄養条件が良くなるまで「休眠する」ために胞子を
形成するものと考えられています。放線菌は砂漠からも分離されますが、乾期は胞子の状
態で存在し、年に数度の雨の際に発芽すると考えられています。このように分類学的に
も、生態学的にも、菌株を保存する時にも、放線菌の胞子は重要です。しかし、実験室で
一般的に使われている富栄養な培地での培養を繰り返していると、栄養が豊富な状態に慣
れて「休眠する」必要がなくなり、その結果、胞子形成能が失われていくことがありま
す。このため、自然界と同じように貧栄養な状態を意図的に再現するため、普段使ってい
る培地の組成を2倍、5倍、10倍等に薄めた培地や、貧栄養培地を使用することにより、胞
子形成能が向上する場合があります。また、培地の種類を変えるだけで劇的に胞子を形成
することもあります。いろいろな培地で胞子形成能を試すと良いかもしれません。
 放線菌は多様な二次代謝産物の生産者として知られていますが、二次代謝産物生産は生
理的分化と考えられ、これは形態的分化とある程度共通の制御を受けており、「二次代謝
は形態分化の化学的表現」と言われています1)。別府輝彦先生は、Streptomyces griseus
の二次代謝産物であるストレプトマイシンの生産と形態分化(胞子形成)の開始を誘導す
るAファクターを再発見し2)、大西康夫先生らは、ストレプトマイシンの生産と胞子形成
についての制御機構を分子レベルで明らかにしています3)。残念ながら、胞子形成能を一
度失うとなかなか回復できない場合が多く、二次代謝産物生産も影響が出る場合がありま
すので、研究をおこなう際には早い段階で保存標品(凍結標品、乾燥標品)を作製してお
くことをお薦めいたします。保存標品の作製方法についてはバックナンバー(NBRCニュー
ス第5号第17号)に掲載されていますので、ご参照ください。

【文献】
 (1) 堀之内末治 (1994) 第二章 放線菌遺伝子:発現制御機構と類似性および独自性 は
     じめに バイオサイエンスと放線菌 医学研究センター p102-103
 (2) 別府輝彦 (2010) A-ファクターの再発見 化学と生物 48(7):498-502
 (3) 大西康夫, 堀之内末治 (2009) 微生物ホルモンのケミカルバイオロジー
     化学と生物 47(6):419-426

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 4.微生物の培養法(18)
   植物細胞の培養法                       (山崎秀幸)
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 微生物の培養法の連載で、植物細胞の培養法?と疑問に思う方もおられるかと思います
が、NITE特許生物寄託センター(NITE-IPOD)では、特許出願のために植物細胞をお預か
りする事業を行っております。そこで今回は、植物の脱分化した細胞、いわゆるカルスの
誘導及び培養法について紹介します。ちなみに、カルスはNITE-IPODや理研BRC、国外では
DSMZなどから入手できます。

◆ 植物細胞用の基本培地
 植物細胞の培養によく用いられるのがMurashige & Skoog (MS)培地です。この培地は、
無機塩類(窒素・リン酸・カリウムなど)、ビタミン、糖類(主にスクロース)からなり
ます。紙面の都合上、詳細は割愛させていただきますが、これらは、10倍から1000倍の濃
度でストックしておき、必要な時に溶解し、培地を調製しています。ちなみに、溶かして
すぐMS培地として使える商品も販売されています。この基本培地に、植物ホルモン(成長
調整物質)を添加することで、植物細胞を様々な器官へと分化させます。植物ホルモンは
植物の生理的変化を促す物質で、カルス誘導及び培養に関するものは、オーキシンとサイ
トカイニンの2種類となります。それぞれ、天然または人工の植物ホルモンが市販されて
おり、2種類のホルモン濃度の組み合わせにより、脱分化状態を維持し増殖するだけのカ
ルス、芽が形成される多芽体、胚が形成される不定胚まで、段階的な状態を誘導すること
ができます。自然界でよく目にする植物は、植物体内で合成された植物ホルモンにより、
細胞を根・茎・葉などの組織に分化させています。

◆ カルスの誘導
 カルスは、対象の植物体を表面殺菌し、植物ホルモンを添加した培地で培養することで
誘導できます。例えばイチゴからカルスを誘導する場合、展開して間もない若い葉(長径
2 cm程度)を用います。葉柄から切り取った葉を70%エタノールで10秒、界面活性剤(
0.1% Tween 20)を含む次亜塩素酸ナトリウム水溶液(有効塩素濃度 1%)で10分殺菌した
のち、滅菌水で5回ほどすすぎます。すすぎが不十分ですと、培地に殺菌成分が残ってし
まい、葉の組織まで死滅してしまう原因になるため念入りにすすぎます。表面殺菌した葉
は、滅菌したメスで5 mm角程度にカットします。これらを、オーキシン(例えばNAA;ナ
フタレン酢酸)10.0、1.0、0.1、0 mg/Lとサイトカイニン(Kin;カイネチン)10.0、
1.0、0.1、0 mg/Lを組み合わせたMS平板培地に間隔を十分あけて移植します。続いて
25℃、2,000 luxの環境下で培養を開始すると、一週間以内に葉の色が、緑から黒色へ変
化し、組織の殆どの細胞が死滅します。さらに培養一カ月程度で、一部の生存した細胞が
植物ホルモンの影響を受け、白色から赤色の細胞となります。これがカルスです。
 もし、目的とする植物体のカルス誘導に関する文献がない場合は、カルス誘導に効果的
な植物ホルモンなどの試行錯誤が必要となりますので、まず、植物体を無菌栽培できる実
験系を確立することをお勧めします。

          イチゴ ’麗紅’(Fragaria x ananassa ’Reikou’)のカルス

      イチゴ ’麗紅’(Fragaria x ananassa ’Reikou’)のカルス

◆ カルスの培養
 カルスの継代培養に用いる培地は、誘導培地と同じでも構いませんが、目的に応じて基
本培地の組成や植物ホルモンの種類と濃度、光強度や温度を検討します。例えば、大型の
液体培養槽で大量培養する必要があれば、固いカルスよりも柔らかいカルスの方が液体培
養には適しています。寒天の濃度を薄くして培養すると柔らかいカルスに調節できます。
カルスの継代は、移植量が少ないと、次代の増殖が失敗することがあるので、慣れないう
ちは多めに移植し、徐々に移植量を減らすと失敗しにくいでしょう。

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 5.平成27年度 NBRCワークショップ開催のお知らせ
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 このたび、微生物の取り扱いに必要な技術についてセミナー形式のNBRCワークショップ
を開催いたします。本ワークショップでは、培養からゲノム解析までについて、NBRCの職
員が基礎から解説いたします。また、技術支援や共同事業に関わる個別相談会も同時開催
いたします。今回は参加費無料となっておりますので、どうぞお気軽にご参加ください。

「今こそ微生物! 微生物を活用するための実践的技術」
日  時:平成28年1月15日(金)13:00~17:00(開場12:30)     
会  場:ベルサール八重洲 (東京駅徒歩3分)
     東京都中央区八重洲1-3-7 八重洲ファーストフィナンシャルビル
受講対象:企業・団体や公的機関、大学にご所属されていて、微生物の取り扱い業務に従
     事している方、または今後従事される予定の方
参 加 費:無料
申し込み方法:下記ウェブサイトを参照
       http://www.nite.go.jp/nbrc/industry/other/workshop.html
募集締め切り:平成28年1月8日(金)17:00まで
       ※定員となり次第、募集を締め切らせていただきます。

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 6.生物多様性条約関連の国別情報公開/相談窓口の開設
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 生物多様性条約に係る名古屋議定書の発効を受け、各国でその担保法が制定され始めて
います。いくつかの国の担保法では、遺伝資源の移転や商業利用だけではなく、移転済み
の遺伝資源、DNA配列等の情報、学術利用も規制対象としています。このたび、各国の法
令等、遺伝資源の利用条件をご確認いただけるウェブページを新設しました。今後の遺伝
資源の利用のご参考にしていただければと考えております。掲載する国や情報は随時追加
していく予定ですが、第一段は2015年11月16日から施行されているブラジルの新法です。
ブラジルの取り組みは他の国の関連法制定へも大きく影響すると考えられます。さらに皆
様のご質問・疑問・懸念に個別対応するための相談窓口も開設いたしました。詳細は下記
をご参照ください。

【詳細】 http://www.nite.go.jp/nbrc/global/countries/index.html

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 編集後記
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 去る10月21日、映画Back to the Futureの中での「未来」の日付が実際に訪れました。
それに比べて今の時代、世間が予想する「未来」は余り心浮き立つ話題が少ないと思いま
せんか?暗い事ばかり並べるのは科学者らしくないですよね。今月はノーベル賞授賞式が
行われるので、大村先生は再び世間の注目を集めることでしょう。バイオ科学者の後継と
して、我々も未来に明るい話題を届け続けられるように精進したいものです。(SB)

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 ・画像付きのバックナンバーを以下のサイトに掲載しております。受信アドレス変更、
  受信停止も以下のサイトからお手続きいただけます。
  http://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/others/nbrcnews/nbrcnews.html
 ・NBRCニュースは配信登録いただいたメールアドレスにお送りしております。
  万が一間違えて配信されておりましたら、お手数ですが、下記のアドレスにご連絡く
  ださい。
 ・ご質問、転載のご要望など、NBRCニュースについてのお問い合わせは、下記のアドレ
  スにご連絡ください。
 ・掲載内容は予告なく変更することがございます。掲載内容を許可なく複製・転載され
  ることを禁止します。
 ・偶数月の1日(休日の場合はその前後)に配信します。第37号は2016年2月1日に配信
  予定です。

  編集・発行
    独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)バイオテクノロジーセンター
    NBRCニュース編集局(nbrcnews@nite.go.jp)
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