バイオテクノロジー

バイオオーグメンテーションが浄化現場の微生物生態系に及ぼす影響調査

 土壌汚染対策法で規定されている第1種特定有害物質である揮発性有機化合物のうち、特に塩素化エチレン類(テトラクロロエチレン(PCE)、トリクロロエチレン(TCE)、ジクロロエチレン(DCE)およびビニルクロライド(VC))による汚染は発生件数が多く、発ガン性等のヒトへの有害性も指摘されていることから、緊急性の高い浄化対象汚染物質です。塩素化エチレン類は、環境中において拡散しやすく、その汚染が広範囲に及んでいる場合が多くあります。従来の掘削除去や加熱、化学物質による酸化・還元等の物理化学的な浄化工法は非効率かつ高コストです。一方で、原位置での浄化が可能な微生物を利用したバイオレメディエーション法は広範囲の汚染に対応できる低コストの技術です。

 塩素化エチレン類の微生物を利用した浄化においては、汚染現場に栄養源を供給することにより、土着の嫌気性分解菌を活性化させて浄化を行うバイオスティミュレーション法が主に採用されています。しかし、浄化に有効な分解菌が少ない、あるいは存在しない汚染現場もあり、そのような場合は中間生成物である低塩素化エチレン類(cis-DCEやVC)の分解が進みにくいため、浄化に要する期間の長期化や、有害な低塩素化エチレン類が蓄積するという問題があります。さらに、近年、地下水中のVCの環境基準値が設定され、塩素化エチレン類分解に伴うVCの環境中での蓄積は深刻な問題となっていることから、外部から塩素化エチレン類を脱塩素化できるDehalococcoides属細菌を導入するバイオオーグメンテーション法を利用した浄化に大きな期待が寄せられています。

 平成27年5月現在、バイレメ利用指針に適合した9つの浄化事業計画のうち(http://www.env.go.jp/air/tech/bio/05.html)、栗田工業株式会社はDehalococcoides属細菌を含むコンソーシア(複合微生物系)を用いた塩素化エチレン類の浄化事業計画についてバイレメ指針の適合確認を取得し、浄化事業を行っています。

 そこで、本プロジェクトで開発した次世代シーケンサーを用いた生態系影響評価手法の有効性の検証と、バイオオーグメンテーション法についての科学的知見の蓄積を目的に、栗田工業株式会社よりバイオオーグメンテーション法の有効性評価のための野外実証試験1のDNAサンプルの提供を受け、バイオオーグメンテーション施工時の地下水中の微生物叢解析を実施し、微生物の導入が「作業区域における他の微生物群集への影響」等の微生物生態系に与える影響について調査を実施しました。

 なお、本調査は平成22~26年度経済産業省委託事業「土壌汚染対策のための技術開発(VOCの微生物等を利用した環境汚染物質浄化技術開発)」の資金で実施し、得られた成果を元に作成しております。

浄化効果について

 栗田工業株式会社による野外実証試験の浄化サイトは図1のようになっています。本実証試験では、バイオオーグメンテーション法の対象区としてバイオスティミュレーション法も同時に行っており、それぞれの試験用の井戸をAIW、SIWとしました。また、栄養剤もコンソーシアも導入しないモニタリング井戸(MW-3)を設置しました。浄化施工中の塩素化エチレン類の濃度の推移を図2に示しました。バイオオーグメンテーション井戸(AIW)では、基準値を超えていたTCEの濃度は栄養剤やコンソーシアの導入直後に基準値以下となり、TCEの減少に伴ってcis-1,2-DCEとVCの濃度が上昇しました。しかし、それらの濃度は徐々に減少し続け、119日目には全ての塩素化エチレン類が基準値以下になりました(図2)。


 一方で、バイオスティミュレーション井戸(SIW)においては、栄養剤の添加後にTCE濃度は一時的に減少したものの、197日後には再び基準値を上回りました。これは井戸周辺からの流入と考えられます。また、cis-1,2-DCEとVCの脱塩素化も進まず、TCEの脱塩素化に伴って濃度が上昇し、基準値を超えたままとなり、その濃度はMW-3よりも高いものでした(図2)。これらの結果から、本浄化サイトにおいて、バイオオーグメンテーション法は塩素化エチレン類の浄化に非常に有効な工法であることが示されました。


図1 浄化サイトのTCE汚染状況と井戸配置図図2 浄化施工中の地下水中の塩素化エチレン類の変化



 


各井戸の微生物叢比較

 各井戸の地下水サンプルからDNAを抽出し、次世代シーケンサー(MiSeq)を用いたアンプリコンシーケンスを実施しました。各サンプルから得られたシーケンスリードについてQIIMEパイプライン2を用いて門レベルでの帰属を行い、微生物叢の変動を経時的に調査しました(図3)。本浄化サイトにおいて、MW-3とAIW/SIWの施工前の微生物叢は、70%以上がProteobacteria門細菌で占められており、その大部分がBetaproteobacteria綱に属していました。また、MW-3ではFirmicutes門細菌が5.6~18.7%存在しており、その他にはAcidobacteria門細菌、Actinobacteria門細菌、Bacteroidetes門細菌、Nitrospirae門細菌などが検出されました。

 AIWでは、施工後28日目にはBacteroidetes門細菌とFirmicutes門細菌の割合がそれぞれ23.6%と27.2%に増加し、その割合は塩素化エチレン類が基準値以下となった119日目までおおむね維持され、それ以降はProteobacteria門細菌の割合が再び増加しました。また、28日目にはSpirochaetes門細菌が2.3%検出され、357日目まで4%程度の割合で存在していました。一方で、メタン生成菌が多く属しているEuryarchaeota門細菌が119日目から357日目の間で5.9~9.4%程度占めていましたが、210日目をピークに減少傾向にありました。SIWでは、栄養剤の添加後、AIWと同様にBacteriodetes門細菌とFirmicutes門細菌が増加しましたが、その割合は比較的低く、197日目以降はProteobacteria門細菌の割合が再び増加しました。134日目にはSpirochaetes門細菌やEuryarchaeota門細菌が検出されましたが、その割合は徐々に減少しました。

 塩素化エチレン類の完全な脱塩素化が確認されたAIWと不完全であったSIWで大きく異なるのは、AIWの119日目で17.0%を占めたSynergistetes門細菌や、Bacteroidetes門細菌、Euryarchaeota門細菌で、これらの細菌がDehalococcoides属細菌の脱塩素化活性に寄与した可能性が考えられます。しかし、酢酸や水素の獲得においてメタン生成菌はDehalococcoides属細菌と競合するとも考えられており、今回の解析だけではメタン生成菌が脱塩素化に果たした役割は不明です。一方で、SIWでは主に16日目から78日目にかけてAcidobacteria門細菌が検出されました、本細菌がどのような機能を持っているのか不明な点が多く、今後、脱塩素化活性との関係性を調査する必要があると考えられます。図3 浄化施工中の微生物叢構造の経時的変化
 

コンソーシアに含まれる導入菌株の推移

 Dehalococcoides属細菌については、シーケンス解析結果ではすべての試料においてリードの1%以下しか検出できませんでしたが、これは、解析に使用したプライマーがDehalococcoides属細菌の16S rRNA遺伝子との類似性が低かったためと考えられました。そこで、Dehalococcoides属細菌については特異的プライマーを使用した定量的PCR法 (qPCR法)で別途計測を実施しました(図4)。その結果、AIWにおいては、導入後300日以上の期間において、Dehalococcoides属細菌の16S rRNA遺伝子は約1.0×105 copies/mlで維持され、350日目には約1.0×103 copies/mlにまで減少しました。また、SIWに比べてAIWの菌数が多い傾向にありましたが、最終的には両者のコピー数はほぼ同等となりました。

 本実証試験に用いたコンソーシアにはDehalococcoides属細菌の他、Clostridium peptidivoransMethanobacterium bryantiiTrichococcus pasteuriiが主要に存在していることが確認されていることから3、これらの菌株がどのように増減していたのかを属レベルで調査しました(図5)。各属の存在量は全16S rRNA遺伝子のコピー数を乗して算出しました。その結果、3属とも栄養剤やコンソーシアの導入後に増加していましたが、いずれも漸減傾向にありました。これらのことから、バイオオーグメンテーション法によって環境に導入された菌株が異常に増加することはなかったことがわかりました。

図4 qPCR法による浄化施工中の細菌数の変化


図5 浄化施工中の共生菌数の変化
 

微生物叢の推移

 浄化施工中の微生物叢構造の推移を調査するために、検出された微生物種の系統関係とその種に割り振られたリード数などの関係からサンプル間のUniFrac距離4を算出し、PCoA解析を実施しました(図6)。まず、MW-3の各時期と、AIWとSIWの栄養剤添加前の時期のプロットを含む範囲を「無添加時期のプロット範囲」と定義しました。この範囲にはSIWの225日目や372日目が含まれますが、これは栄養剤の影響が少なくなった時期と考えられます。栄養剤やコンソーシアを導入したAIWはこの範囲から外れ、その後も210日目まで微生物叢構造が大きく変化していたことが示されました。しかし、施工後約一年の357日目の微生物叢構造は無添加時期のプロット範囲に近づいたことから、微生物叢構造は徐々に施工前の状態に回帰していくことが示唆されました。SIWも同様に、栄養剤の添加後から134日目までは微生物構造は大きく変化していましたが、225日目以降は無添加時期のプロット範囲に含まれました。

 次に、chao1指数と呼ばれる多様性指標を用いて施工中の微生物多様性の推移を解析しました(図7)。その結果、MW-3においても多様性の増減があること、SIWの23日前で多様性が大きく増加していたこと、最終的にそれぞれの井戸の多様性は同程度になったことなどから、本実証試験においては、栄養剤やコンソーシアの導入の影響は長期的には小さいと考えられました。

図6 PCoA解析による微生物叢構造の変化


図7 浄化施工中の微生物多様性の変化

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参考文献

1. 上野俊洋ら: 塩素化エチレンを対象とした嫌気性バイオレメディエーション技術の開発と現場適用. 環境バイオテクノロジー学会誌, 10(2), 79-89 (2010)
2. Caporaso, J.G. et al.: QIIME allows analysis of high-throughput community sequencing data. Nat. Methods, 7(5), 335-336 (2010)
3. Lozupone, C. et al.: UniFrac: a new phylogenetic method for comparing microbial communities. Appl. Environ. Microbiol., 71(12), 8228-8235 (2005)
4. 水本正浩ら: 複合微生物系によるバイオオーグメンテーション浄化技術. In 土壌・地下水汚染の浄化および修復技術-浄化技術からリスク管理、事業対策まで, エヌ・ティー・エス, P. 59-67 (2008)

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