バイオテクノロジー

NBRCニュース 第19号

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                   NBRCニュース No. 19(2013.2.1)
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 NBRCニュース第19号をお届けします。今号は、微生物あれこれ、微生物の保
存法の2つの連載記事と、前号に続き「バイオエタノールと微生物」をお届け
します。最後までお読みいただければ幸いです。

(等幅フォントでご覧ください)

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 内容
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 1.新たにご利用可能となった微生物株
   (2012年11月17日~2013年1月21日)
 2.微生物あれこれ(16)
    原核生物における新門提案
 3.微生物の保存法(10)
    L-乾燥保存法 - 復元方法と加速保存試験による長期生残性の予測
 4.バイオエタノールと微生物 (2)
 5.特許微生物寄託業務の一元化にともなう手数料変更と特許生物寄託セン
   ター(IPOD)の住所変更に関するお知らせ

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 1.新たにご利用可能となった微生物株
   (2012年11月17日~2013年1月21日)
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 酵母 4株、糸状菌 16株、細菌 38株、アーキア 1株、微生物ゲノムDNA 2種
類を新たに公開しました。
 NBRCは産業有用微生物を広く収集しています。その一部に、特許寄託された
後に保存期間が終了し、NBRCに受け入れた菌株などがあります。菌株の特性が
特許情報や文献から得られています。一覧にまとめましたので、ご参考くださ
い。
 
【新規公開株一覧】 
https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/nbrc/new_strain/new_dna.html
【過去に特許寄託されていた菌株】
https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/nbrc/use/frompatent.html

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 2.微生物あれこれ(16)
    原核生物における新門提案              (森 浩二)
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 「細菌の新種提案のための菌株寄託(NBR
Cニュース第8号)」でも紹介したように、原
核生物(細菌およびアーキア)の種数は毎年
著しく増加しており、ここ数年は年間600種
程度の新種が発表されています。原核生物の
学名の出発点となった1980年発行のApproved 
Lists of Bacterial Namesに掲載された種名
は1,792でしたが、これまでに11,724の種名
が承認されました。種より上位階級の学名と
しては、2012年までに30門、88綱、138目、
323科、2,170属が承認されています。この10
年の間に研究者が培養株を獲得することで提
案された門は5門存在し、うち3門は日本の研
究グループによる業績です。以下に、提案さ
れた門を列挙します。

Caldiserica 門の新属新種
Caldisericum exile
NBRC 104410T
 Gemmatimonadetes Zhang et al. 2003(KS-B群)
 Lentisphaera Cho et al. 2004(VadinBE97群)
 Caldiserica Mori et al. 2009(OP5群)
 Elusimicrobia Geissinger et al. 2010(Termite group 1群)
 Armatimonadetes Tanaka et al. 2011(OP10群)
 (括弧内は学名が付けられる前の未培養微生物群名)

 上記は全て細菌ですが、アーキアにおいても未培養微生物群であったMarine
Group 1群に“Thaumarchaeota”門という学名が提案されています。これらの
新しい門が提案されるようになった要因のひとつとして、研究者が門を識別す
る判断基準を手に入れたことが挙げられます。細菌やアーキアの分離株が何で
あるか(何に近縁なのか)を知るために多大な知識と経験を要したのは一昔前
の話であり、今では16S rRNA遺伝子を決定することで誰もが菌株を簡易同定す
ることができます。すなわち、蓄積された培養株と未培養株の16S rRNA遺伝子
データと比較することだけで、獲得した原核生物がどの程度新しいのかを門な
どの高次分類に至るまで明らかにし、1株の培養株が獲得できれば高次分類群
を提案することを可能としてきました。もちろん、完全な同定や株の新規性を
示すためには、多くの実験を実施しなければならないことには変わりありませ
ん。しかし、分子生物学の多少の知識があれば、分類学に長けた研究者でなく
とも、16S rRNA遺伝子を決定することで獲得した菌株の学名を客観的に判断す
ることができます。また、16S rRNA遺伝子による系統樹から、原核生物の概念
的な全体像が研究者間で共有できる時代になったような気がします。属レベル
以上の高次分類群の学名を提案する時には、その株が帰属する高次分類群を明
らかにし、それが不明瞭であれば新しい高次分類群を提案することで、その妥
当性を問うてみるべきと考えます。
 これまでに蓄積された膨大な16S rRNA遺伝子の情報が、原核生物の分類・同
定においてその根幹を支えていると言っても過言ではありません。分離株の
16S rRNA遺伝子配列の決定が、分離株の分類学的位置の推定のみならず、高次
分類の提案、研究対象の絞り込み、菌株の安全性確認などに貢献しているので
はないでしょうか。

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 3.微生物の保存法(10)
    L-乾燥保存法 - 復元方法と加速保存試験による長期生残性の予測
                             (中川恭好)
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 L-乾燥標品の復元手順は菌株カタログやホームページに掲載しておりますの
で、ここでは復元時の一般的な注意点をご紹介します。

【L-乾燥標品の復元手順】 
https://www.nite.go.jp/data/000022144.pdf 【PDF:307KB】

◆ L-乾燥標品の復元に関する注意点
・アンプルを折る際、エタノールなどの殺菌剤がしみこんだ布などでくるまな
 いでください。アンプルを折って真空を破った際に、アンプル内部に殺菌剤
 が入って死滅することがあります。
・アンプル開封後は直ちに復水液を入れてください。湿度の高い空気に長時間
 さらすと死滅することがあります。
・用いた復水液の種類によって、復元できる菌数が変動することがあります。
 一部の細菌では、マグネシウムが復元に影響を与えることが知られており、
 復水液にマグネシウムがないと復元できない株や、マグネシウムを入れるこ
 とで復元できる細胞数が5~100倍程度増加する株があることが報告されてい
 ます。多くの細菌はマグネシウムがなくても復元します。
・海洋性細菌の一部などでは、復元時は液体培地でのみ生育する菌株がありま
 す。従って、細菌やアーキアでは復水した菌液を寒天培地だけでなく、5 ml
 程度(好気性の場合)の液体培地にも植菌し(寒天培地に1~2滴、残り全量
 を液体培地に接種)、静置培養してください。このような細菌でも、生育し
 た液体培養物を寒天培地に接種すれば生育します。

◆ 加速保存試験によるL-乾燥標品の生残菌数予測
 Sakane & Kuroshimaは、L-乾燥標品を長期間冷蔵保存した後の生残菌数が、
37℃で2週間保管する加速保存試験を行うことで予測できることを報告してい
ます。彼らは、種々の細菌のL-乾燥標品について37℃で2週間保存した後の生
残菌数と、同じ標品を5℃で6~8年間さらに21~24年間保存した後のそれぞれ
の生残菌数を測定しました。これによると、L-乾燥標品では作製後6~8年以内
に生残菌数が安定し、それ以降の低下はおこらないことが推測されました。ま
た、この安定した時の生残菌数が、37℃で2週間保管する加速保存試験後の菌
数とほぼ等しいことを明らかにしました。酵母および糸状菌については同様の
知見が37℃で4週間の加速保存試験で得られています。したがって、加速保存
試験を行うことにより、L-乾燥標品を5℃で20年以上保存した後の生残菌数を
ある程度予測することができます。NBRCでは、細菌の場合は加速保存試験後の
生残菌数が1,000 CFU以上あれば長期保存可能と判断して、ユーザーの皆様に
提供するための標品としています。

図をクリックすると拡大表示します。

(a) 55種59株について同じロットのL-乾燥標品を5℃で6~8年間
  保管後と、21~24年間保管後の生残菌数の比較
  (b) 55種59株について同じロットのL-乾燥標品を37℃で2週間保
   管後と、5℃で21~24年間保管後の生残菌数の比較

◆ 加速保存試験の手順
(1) L-乾燥標品を37℃で2週間(酵母、糸状菌では4週間)保管します。
(2) L-乾燥標品を開封し、0.1~0.2 mlの復水液に懸濁します。
(3) 至適液体培地5 mlを用いて10、100、・・・1,000,000倍まで段階希釈しま
  す。好塩性ではなく、必ず寒天培地で復元できることが分かっていれば、
  生理食塩水で希釈してもかまいません。
(3) 10,000、100,000、1,000,000倍希釈した菌液をそれぞれ0.1 mlずつ平板培
  地に接種し、コンラージ棒で塗り広げます。
(4) 培養し出現したコロニー数からL-乾燥標品の生残菌数を求めます。
  1,000,000倍希釈からY個のコロニーが認められた場合、生残菌数は以下の
  ようになります。
    生残菌数(CFU)= Y × ( 5 / 0.1 ) ml × 1,000,000 
  前述したように一部の細菌は復元時に液体培地だけで生育が見られます。
  そのような菌株については段階希釈した菌液も静置で培養して、どの希釈
  倍率まで生育したかによって生残菌数を推定します。

【文献】Sakane, T. & Kuroshima, K. Viabilities of dried cultures of 
    various bacteria after preservation for over 20 years and 
    their prediction by the accelerated storage test. Microbiol. 
    Cult. Coll.(日本微生物資源学会誌)13:1-7(1997).

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 4.バイオエタノールと微生物 (2)            (紙野 圭)
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 前回に引き続きバイオエタノール(BE)と微生物について、その実際をもう
少しご紹介したいと思います。期待されるリグノセルロース系バイオマス
(LCB)からのBE生産ですが、我が国で産業として根付くためには、いくつか
の課題があります。そのひとつは生産コストです。それを下げるには複数の選
択肢がありますが、最も重視されているのが糖化処理コストの低減です。LCB
は固体であり、固体に対する酵素反応は一般的な溶解性基質よりも高い酵素量
を必要とします。固-液界面の反応ですので反応効率は良くありませんし、ま
た非特異的吸着等によって酵素が機能しなくなる確率も圧倒的に上がります。
BE生産の最終段階でエタノールの濃縮工程を避けるには、エタノールを高濃度
で生産する必要があります。それには濃い糖化液を生成させる必要があるので
すが、そのために高い基質濃度で糖化処理を行う必要があり、それが酵素に求
められるハードルをさらに高くしています。団子状のLCBを酵素分解するよう
なイメージです。市販の酵素の値段は決して安くありませんので、効率的に糖
化するように真菌の酵素系を改良して、処理に必要とされる酵素の量を減らす
ことが重要な課題なのです。もうひとつの課題として基質の多様性を挙げてお
きたいと思います。糖化基質となるLCBの主成分は植物の細胞壁です。その細
胞壁は植物種によって異なります。酵素糖化という観点でみるとその異なり方
は予想を超えて大きく、効率的な酵素系もそれぞれ異なることになるのです。
ところで、LCBはそのままではほとんど酵素糖化できません。例えば、LCBをそ
のまま数百ミクロンの粒子状に粉砕して、そこに酵素製剤を添加し、数日間糖
化処理を行ったとします。この処理でどの程度糖化されるかと言えば、感覚的
に言ってほんの数%も糖化されません。そのため酵素糖化処理の前に、物理・
化学的な前処理を施す必要があります。ここで用いる前処理の種類や条件によ
っても最適な酵素系は異なってしまいます。この入り組んだ関係が、実は研究
開発を進める上で大きな問題なのです。
 さて、カビが分泌する糖化酵素系のモデルはTrichoderma reesei等のごく限
られた株を基に組み立てられてきました。工業利用されているT. reeseiは約
20種の糖化関連酵素を菌体外に分泌しますが、他のカビやキノコに比べるとそ
の数と多様性は非常に乏しいことがわかっています。私達は、保有するカビ・
キノコのほんの数%(約1,500株)のスクリーニングに始まり、主要糖化酵素の
精製・多角的な評価、糖化酵素遺伝子群の選択的収集、ゲノム情報の収集等を
進めてきました。そこで見る限り、エキソ型セルラーゼ(セルロース鎖を末端
から逐次分解)、エンド型セルラーゼ(セルロース鎖をランダムに分解)、可
溶性オリゴ糖分解酵素の協同作用という、糖化酵素系モデルの基本はカビ・キ
ノコ全般に概ね同じようでした。ですが、エンド型セルラーゼやヘミセルラー
ゼ分解系遺伝子の種類や発現比には多様性がありました。またエキソ型セルラ
ーゼに頼らないかに見える酵素系を持つ株もありました。酵素製剤にはまだま
だ改良の余地が残っているのです。ではどうやって効率的な酵素系を作ってい
くかということなのですが、残念ながらそろそろ字数も終わりに近づいてきま
した。ひとつ言えることは、菌が分泌する酵素系を混合物のまま単純に比較す
るのでは、新たな切り口をみつけることはなかなか難しいということと、ゲノ
ム配列だけを眺めていてもその酵素の有用性はわからないということです。そ
して先に記したBE産業化への課題は、カビやキノコが植物に侵入したり腐朽し
たりすることを考えると、必ず解決できるだろうということです。新たな技術
への第一歩は、まず菌そのものを手にしていただくこと、だと思いませんか?


Trichoderma reeseiNBRC 31329
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 5.特許微生物寄託業務の一元化にともなう手数料変更と特許生物寄託セン
   ター(IPOD)の住所変更に関するお知らせ
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 現在、茨城県つくば市で運営している特許生物寄託センター(IPOD)を平成
25年4月1日に千葉県木更津市に移転します。また、IPODと特許微生物寄託セン
ター(NPMD)の業務を完全に一元化するタイミングに合わせ、手数料等を改定
いたします。詳細は以下のホームページをご覧ください。



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 編集後記
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 連日寒い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。1月14日の関
東での大雪では、NBRC周辺でもたくさん雪が積もりました。そろそろスギ花粉
が飛び始める時期です。私は30年近く花粉症に悩まされており、この季節が憂
うつで、体調を崩すこともあります。昨夏の猛暑のせいで、花粉の量は、地域
によっては昨年の5倍以上とも言われております。皆様もくれぐれもご自愛く
ださい。(YN)

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 転載されることを禁止します。
・偶数月の1日(休日の場合はその前後)に配信しております。第20号は4月
 1日に配信予定です。

編集・発行
 独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)バイオテクノロジーセンター
 NBRCニュース編集局(nbrcnews@nite.go.jp)
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