バイオテクノロジー

NBRCニュース 第50号

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                      NBRCニュース No. 50(2018.3.30)
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 2010年2月に創刊したNBRCニュースも第50号となりました。長らくのご愛読、心から感
謝いたします。これを記念して、というわけではないですが、今号から新連載「細菌・ア
ーキアの分類群から見た培養方法の選び方」を開始しました。加えて微生物あれこれ、バ
イテク分析法の2本の連載と、微生物画像提供の新サービスのお知らせも掲載しています。
最後までお読みいただければ幸いです。

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 内容
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 1.新たにご利用可能となった微生物株
 2.微生物あれこれ(45)大腸菌のゲノム解析について
 3.バイテク分析法(6)
    MALDI-TOF MSを用いた微生物同定法(その1)~基礎知識編~
 4.細菌・アーキアの分類群から見た培養方法の選び方(0)はじめに
 5.新サービスのご案内 ~微生物の画像提供サービス~
 6.ゴールデンウィーク期間中のNBRC微生物株・DNAリソースの発送休止について

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 1.新たにご利用可能となった微生物株
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◆ NBRC株、ゲノムDNA
 酵母 10株、糸状菌 5株、細菌 71株、アーキア 4株、ゲノムDNA 5種類が新たにご利用
可能となりました。

【詳細】 https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/nbrc/new_strain/new_dna.html

◆ RD株
 沖縄のマングローブ由来の従属栄養性微細藻類Crypthecodinium属6株を追加しました。
是非、リストをご覧ください。

【詳細】 https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/rd/new_rd.html
【RD株リスト】 https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/rd/available_rd_list.html

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 2.微生物あれこれ(45)
   大腸菌のゲノム解析について                  (藤田克利)
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 微生物あれこれ(9)において実験材料として広く利用されている大腸菌K-12株とその
派生株について取り上げました。今回はその株を含めた遺伝子組換え実験・研究用として
広く使われている株のゲノム解析について紹介します。
 ウイルスを除く生物で初めて全ゲノム解析されたのは1995年のインフルエンザ菌Haemo-
philus influenzaeですが、それから今年で23年経ちます。この間に次世代シーケンサー
に採用されたシーケンス技術のブレークスルーが起こり、ヒトを含む真核生物や多くの原
核生物の全ゲノム解析が、当時では考えられないぐらいに低コストかつ高速に実施可能と
なりました。大腸菌もO157株等の病原性株を含めた非常に多くの株(1万株以上!)でゲ
ノム解析がされています。そのため私たちが普段、実験・研究用としてお世話になってい
るカルタヘナ法のクラス1に該当する4つの株(K-12、B、CおよびW株)は初期にゲノム解
析が終わり公開されていると思っていましたが違うようです。K-12株は幾つかの派生株が
あり、その一つであるMG1655株のゲノムデータが公開されたのは1997年(1)で、H. influ-
enzaeと同じ1990年代ですが、他の派生株である W3110株は2006年(2)、DH10B株は2008年
(3)、BW25113株は2014年(4)と、多くが2000年代に入ってから公開されています。余談で
すが、これらの株はDDBJ等の公的データベースではK-12株のsubstrainとして登録されて
います。日本語に直訳すると亜株となりますが、亜種(subspecies)や亜科(subfamily)
と異なり、亜株はあまり微生物では定着していないと思われますので、ここでは比較的良
く使用されている派生株(derivative)とします。B株の派生株であるREL606株とBL21(DE
3)株が2009年(5)に、W株は2011年(6)に公開されました。C株については、当時C株と考え
られていたATCC 8789株が2007年に解析されましたが、実際はCrooks株である事がわかり、
現在は公的データベースでの記載もC株からCrooks株へと修正されています。このCrooks
株は海外では5つ目の安全な株として使用されているようです(6)。結局解析されていなか
ったC株については本記事を執筆するにあたって公的データベース等で調べてみたところ、
ナリジクス酸耐性変異株であるWG5(もしくはCN)株が、今年に公開されていました(7)。
2018年になって、ようやく4つの株のゲノムデータが揃ったようです。C株のゲノム解析の
論文では他の株との比較解析がされていませんでしたが、今後これらの株間でゲノムデー
タを比較することで、より安全な大腸菌株に必要な要素が判明すると考えられます。
 また、HB101株も有名ですが、これはK-12株とB株のハイブリッド株でクラス1として取
扱いができ、2017年(8)にそのrecA+変異株であるRR1株のゲノムが公開されました。HB101
株がハイブリッド株であることは、Molecular Cloningなどの教科書に記載してあります
が、どの程度の割合でゲノムが混在しているのか不明でした。今回ゲノム解析され、組換
えが起こった染色体の正確な位置と、K-12株由来の部分とB株由来の部分が明らかになり
ました。その結果からK-12株とB株の割合は約97:3で、ほぼK-12株由来の配列であり、K-
12派生株として考えて良さそうです。
 K-12株とB株、およびそのハイブリッドであるHB101株はGILSP告示(参考:NBRCニュー
ス第14号「短期集中連載:カルタヘナ法-はじめての産業利用申請-(4)GILSP遺伝子組
換え微生物について」)にも掲載されており、広く産業用途に使用されていますが、W, C
およびCrooks株は掲載されていません。W株はK-12株よりも成育速度が速く、また、温度・
酸・エタノール等への耐性が他の株より高い、炭素源としてスクロースを利用出来るなど、
産業用として他の株よりすぐれた点があるそうです(6)。W株以外でも、有用な性質がある
にもかかわらず、これまで使用実績が少なく、安全性を確かめることができなかった株が
数多く存在していると考えられます。これらの株がゲノム解析されることにより、安全性
が確認されれば、実験・研究用、さらには産業用に使用されていく可能性があります。ゲ
ノム解析での菌株の安全性評価について、今後も注視していきたいと思います。

【文献】
 (1) Blattner et al. (1997). Science, 277, 1453-1462.
 (2) Hayashi et al. (2006). Mol. Syst. Biol., 2, 2006.0007.
 (3) Durfee et al. (2008). J. Bact., 190, 2597-2606.
 (4) Grenier et al. (2014). Genome Announc., 2.
 (5) Jeong et al. (2009). J. Mol. Biol., 394, 644-652
 (6) Archer et al. (2011). BMC Genomics, 12, 9.
 (7) Imamovic et al. (2018). Genome Announc., 6.
 (8) Jeong et al. (2017). Front. Microbiol., 8, 585.

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 3.バイテク分析法(6)
   MALDI-TOF MSを用いた微生物同定法(その1)~基礎知識編~   (川崎浩子)
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 MALDI-TOF MSによる微生物同定法(以下、MALDI微生物同定法という)は、臨床検査分
野や食品の品質管理分野を中心に、近年急速に普及した迅速同定法です。この方法はサン
プル調製から同定結果を得るまでに、約30分と非常に短い時間で実施可能です。
 MALDI-TOF MSとはマトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析計のこと
で、核酸やタンパクなどの高分子の質量測定に強みがあります。その原理は、マトリック
ス剤と混合された試料がレーザー照射によりイオン化され気化し、加速電圧の印加により
それぞれのイオンの質量数に応じた速度で飛行し、質量電化比(m/z値)が小さいイオン
ほど高速で飛行して早く検出器に到着することを利用して質量分析を行います。
 微生物の同定方法としては、リボソームRNA遺伝子の塩基配列などを用いた分子系統学
的な方法が一般的ですが、迅速性や簡便性という点では、MALDI微生物同定法の方が遙か
に優れていることから、本方法は広がりをみせているところです。MALDI微生物同定法
は、微生物のタンパク質の構成比が微生物種や株レベルで特徴的であることを利用して、
タンパク質を特定しないまま、検出される全タンパク質をあらかじめ用意してあるライブ
ラリーと照合してその類似性から同定していく方法(指紋判定法)です。実験は非常に簡
単で、微生物細胞にマトリックス剤を直接混合し、MALDI-TOF MSでイオン化からm/z値
(分子量約5,000~15,000)の測定、微生物同定用ライブラリーとの照合までを一気に行
うことができます。MLADI-TOF MSの解析に係る時間は1サンプル当たり数分です。迅速で、
簡便で、ランニングコストが非常に低いところが、臨床検査や製造工場の微生物検査法と
しての注目される理由です。
 現在、MALDI-TOF MSを用いた微生物同定システムとして市販されているものは、医療関
係者向けのMALDI Biotyper®とVITEK®MS、研究用のAXIMA®微生物同定システムがあ
ります。NBRCでは、MALDI Biotyper®とAXIMA®微生物同定システムを導入しており、
NBRC株の品質管理と有用微生物の分離に活用しています。活用例としては、釜石はまゆり
プロジェクト(NBRCニュース第39号「微生物あれこれ(35)」)と、きみつ食の彩りプロ
ジェクト「カラー工房(酵母)」(NBRCニュース第47号「微生物あれこれ(43)」)があ
ります。一方で、本方法にはいくつかの課題もあります。その1つに、指紋判定用の市販
のMALDI微生物同定用ライブラリーが十分ではないことです。そのため、同定したい微生
物を分析しても、どの微生物にもヒットしないということが生じます。この場合は、別の
同定法を試みる必要がでてきます。市販ライブラリーの拡充は進んでいますが、すべての
ユーザーを満足させるライブラリーはできていないというのが現状です。そこでNBRCでは、
この課題を解決すべく、ユーザーニーズの高い微生物群について、NBRC株のMALDI-TOF MS
ライブラリーを構築し公開しており、無償でご利用いただけます。他の課題としては、同
定精度が安定しないことです。これには2つの理由があります。1つは、培養条件などの
影響により、発現するタンパク質が大きく変動する場合があり、そのため指紋判定法用の
MALDI-TOF MSライブラリーにヒットしないことがあります。もう1つは、MALDI-TOF MSで
検出されるタンパク質が異なる種間で類似していて、識別が困難な場合です。これらの解
決法についても、NBRCで検討していますので、次号のバイテク分析法で紹介します。

【NBRC株のMALDI-TOF MS微生物同定用ライブラリー】12506
https://www.nite.go.jp/nbrc/industry/maldi/maldi.html

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 4.細菌・アーキアの分類群から見た培養方法の選び方(0)
   はじめに                           (宮下美香)
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 NBRCニュースの連載のひとつである「微生物の培養法」では、培地の作り方や培養方法
を紹介していますが、初めて扱う微生物の場合は、そもそもどの培養方法を選べば良いの
か戸惑うことはないでしょうか。NBRCの菌株担当者も、初めて扱う菌種の場合はその系統
的な位置や指定培地などから、適した培養条件や生育の様子を予測して準備します。そこ
で新連載「細菌・アーキアの分類群から見た培養方法の選び方」では、NBRCで保有する菌
種を中心に、学名(分類群)や指定培地といった情報から判断できる、培養条件や生育の
様子について紹介していきます。
 培養条件を構成する要素として、培地(炭素源、pH、塩濃度、その他)、温度、気相条
件、光条件等が挙げられ、分類群によってポイントとなる要因は異なりますが、系統的に
近縁であれば類似した環境で生育する場合が多く、培養条件にも共通点が見られます。こ
の培養条件における共通点を持ったある程度大きなグループ(分類群)から、条件の異な
る点に着目して小さいグループに分けていくことで、目的の微生物に適した条件を選択す
ることが出来ます。また分類群によって生育の仕方にも特徴があります。これら生育の様
子は、その後の取り扱いや保存方法を選択する際の重要な情報となります。
 NBRCで保有する細菌・アーキアは、分類群をベースに培養・保存など実際の取り扱い方
を考慮に入れてグループ分けをしています。生育可能な条件の幅は、属種や株それぞれが
有する耐性の幅によって様々ですが、この連載では至適付近の培養条件に焦点を当て、次
号から順に紹介していきます。

※属種名から、その属種がどの高次分類に属するかを調べるには、公的データバンクが提
供している分類データベースでの検索が便利です。

【DDBJのTXSearch】 http://ddbj.nig.ac.jp/tx_search/?lang=ja
【NCBIのTaxonomy database】 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/taxonomy

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 5.新サービスのご案内 ~微生物の画像提供サービス~
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 NBRCでは、ご要望の多かった微生物画像の提供サービスを始めました。NBRCで保有する
糸状菌(カビ)、酵母、乳酸菌、枯草菌、放線菌、微細藻類など、代表的な微生物の電子
顕微鏡写真や光学顕微鏡写真をダウンロードできます。画像ラインナップやご利用条件は
以下のウェブページでご確認いただけます。是非一度、画像をご覧いただき、様々なシー
ンでご活用ください。

【微生物画像の提供】
https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/support/mphoto_consent.html

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 6.ゴールデンウィーク期間中のNBRC微生物株・DNAリソースの発送休止について
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NBRCでは下記の期間中、NBRC微生物株・DNAリソースの発送を休止させていただきます。

 発送休止期間: 平成30年4月27日(金) ~ 5月4日(金)

 発送予定:
  4月19日(木)午後 ~ 4月24日(火)午前まで受付分 → 4月26日(木)発送
  4月24日(火)午後 ~ 4月26日(木)まで受付分 → 5月 7日(月)発送
  4月27日(金) ~ 5月 8日(火)午前まで受付分 → 5月10日(木)以降、順次発送

 ※分譲受付が集中する場合や分譲標品の形態により、上記の発送日以降になることがご
  ざいます。

【詳細】 https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/information/holiday_2018.html

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 編集後記
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 職場での話題で、「インフルエンサー」という言葉を耳にする機会が多くなりました。
少し前まで「インフルエンザ」の話も多かったので、たまに混乱します。調べて見ると、
どちらも「influence(影響)」が語源なので、似た言葉になっているようです。従来、
インフルエンサーはB2Cビジネス分野で注目されていましたが、近年では業界の権威や専
門家をインフルエンサーとしたB2Bビジネスへの活用が期待されているようです。NITEで
も引き続きNBRCニュース等を通じて有益な情報を発信し、微生物産業を盛り上げる手助け
になれればと思います。(AY)

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 ・画像付きのバックナンバーを以下のサイトに掲載しております。受信アドレス変更、
  受信停止も以下のサイトからお手続きいただけます。
  https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/others/nbrcnews/nbrcnews.html
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  万が一間違えて配信されておりましたら、お手数ですが、下記のアドレスにご連絡
  ください。
 ・ご質問、転載のご要望など、NBRCニュースについてのお問い合わせは、下記のアド
  レスにご連絡ください。
 ・掲載内容は予告なく変更することがございます。掲載内容を許可なく複製・転載さ
  れることを禁止します。
 ・偶数月の1日(休日の場合はその前後)に配信します。第51号は2018年6月1日に配信
  予定です。

  編集・発行
    独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)バイオテクノロジーセンター
    NBRCニュース編集局(nbrcnews@nite.go.jp)
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