バイオテクノロジー

水溶性ガス田からの金属腐食菌の分離

日本は世界第2位のヨウ素生産国であり、国内生産の約8割が関東の地下に存在する天然ガス含有かん水(鹹水)に由来しています。千葉県東部の水溶性ガス田ヨウ素回収施設において、激しい腐食が以前から問題となっていました。生産井で組み上がられたかん水は天然ガスが回収され、その後、別施設においてヨウ素が回収され、最終的に地盤沈下を防ぐために圧入井から地下に還元されます。ヨウ素回収前の配管においては激しい金属腐食が見受けられないものの、ヨウ素回収後の配管において深刻な金属腐食が起こっています。配管内は全面的に腐食が進行しており、最も激しいところでは貫通孔も観察されます(【図1】)。

【図1】金属腐食が問題となっている水溶性ガス田ヨウ素回収施設

こうした腐食は、かん水処理過程において空気に曝露されたことによる微生物数の増加が直接的な原因であると考えられました。本腐食に微生物が関与しているかどうかを検討するために、かん水を現場から採取し、腐食の再現試験を試みました。かん水炭素鋼を投入し、経時的に腐食の誘導を観察しました。対象区として0.2μmのフィルターでろ過除菌したかん水でも同様の試験を行いました。この結果、培養2日目以降で、除菌していないかん水に浸した炭素鋼表面に黒斑が観察されました(【図2】)。

【図2】水溶性ガス田かん水を用いた腐食再現試験

次に、この黒斑の形成が腐食の発生と関係しているか調べるために、定量的な腐食試験を試みました。試験方法は、1週間毎に試験片のみを新しいかん水中へと移動させ、古いかん水サンプル中に溶出した全鉄量を比色定量法で測定しました。【図3】のグラフは、1週目及び10週目に新しいかん水に移動させた系において、7日間で試験片から溶出した全鉄量を示したものです。1週目の系では、自然かん水と除菌かん水の間に顕著な差は観察されなかったものの、10週目の系では自然かん水中での鉄溶出量は約4倍高くなっています。この結果から、かん水に存在する微生物によって鉄溶出の加速が生じている可能性が示されました。

【図3】水溶性ガス田かん水を用いた定量的な腐食試験

変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(DGGE: Denatureing gradient gel electrotrophoresis)による微生物群集構造解析を行った結果、かん水の腐食に関与する微生物を特定することは出来ませんでしたが、腐食の再現試料及び現場の配管内鉄腐食生成物からはヨウ素酸化細菌Rhodobacteraceae属に属する細菌が特異的に検出され、腐食との関与が疑われました。しかし、これら微生物群が金属腐食に直接関与しているという報告はこれまでありませんでした。そこで、これら細菌を分離し、腐食の再現試験を試みました(【図4】)。

【図4】かん水、腐食再現試験腐食生成物、腐食配管内壁腐食生成物中の微生物群集の比較

かん水炭素鋼を投入して集積培養を行いました。次いで、かん水にマリンブロスを通常の1/10量加え寒天で固化させた培地を用いて、この集積培養物から細菌の分離を行いました。その結果、13株が分離できました。これらの分離株の中には、既知のヨウ素酸化細菌と高い相同性を示すものが確認されました(【図5】)。
分離した株の系統学的な関係を16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づいて調べた結果、既知のヨウ素酸化細菌と高い相同性を示した6株は、三つのグループに分けられました。

dMB-MAT3株(グループI)はRoseovarius 属に属する既知のヨウ素酸化細菌とクラスターを形成し、dMB-MAT32株、dMB-MAT33、dMB-MAT37株(グループII)は、Rhodothalassiumに近縁な既知のヨウ素酸化細菌とクラスターを形成しましました。他方、dMB-MAT35株及びdMB-MAT36株(グループIII)は、前記のDGGE解析で検出されたRhodobacteraceae科に近縁の新属の菌株であり、ヨウ素イオン酸化能を持っていませんでした。

いずれも桿菌であり、dMB-MAT32株の一群には鞭毛が観察されました。dMB-MAT3株、dMB-MAT32株、dMB-MAT33株、dMB-MAT37株の4株には実際にヨウ素イオン酸化能が観察されました。これらの特徴から、それぞれの分類の代表として、dMB-AMT3株、dMB-AMT32株及びdMB-MAT35株を以後の腐食試験に使用することとしました。

【図5】分離株の金属腐食能の検討
分離株 近縁種 ※
dMB-MAT1 Bacillus beakryungensis(98%)
dMB-MAT2 Marinobacter sp. NT N31(98%)
dMB-MAT3 Iodide-oxidizing bacterium A-6(98%)
dMB-MAT13 Bacterium K2-26(97%)
dMB-MAT31 Flavobacteraceae bacterium HN-181(89%)
dMB-MAT32 Iodide-oxidizing bacterium Hi-2(98%)
dMB-MAT33 Iodide-oxidizing bacterium RB-2A(98%)
dMB-MAT34 Antarctic bacterium R-9216(97%)
dMB-MAT35 Iodide-oxidizing bacterium WAI-2(90%)
dMB-MAT36 Iodide-oxidizing bacterium WAI-2(90%)
dMB-MAT37 Iodide-oxidizing bacterium RB-2A(99%)
dMB-MAT38 Flavobacteraceae bacterium HN-181(90%)
dMB-MAT101 Stappia sp. SMB21(100%)

※「( )」内は16S rRNA 遺伝子配列の相同性の値

【図6】分離株の特徴
グループ グループ I グループ II グループ III
分離株 dMB-MAT3株 dMB-MAT32株
dMB-MAT33株
dMB-MAT37株
dMB-MAT35株
dMB-MAT36株
近縁種 Roseovarius 属 Rhodothalassium Unknown Alpha-proteobacteria
形状 桿菌 桿菌 桿菌
鞭毛
ヨウ素
イオン
酸化能
AFM像 AFM像1 AFM像2 AFM像3

AFM = 原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope)

ヨウ素イオン酸化能をもたないdMB-MAT35株が存在すると、腐食量は無菌区の腐食量よりも少ないことがわかりました。これは、dMB-MAT35株が好気性菌であるため、酸素を消費し、酸素による化学的な腐食を抑制したためであると考えられました。このような好気性菌による炭素鋼の腐食に対する保護効果は、よく知られた現象です。一方、ヨウ素イオン酸化能が確認されているdMB-MAT3株及びdMB-MAT32株では、KI3濃度に依存して強い腐食が観察されました。KI3が添加されていない試験区では、無菌区よりも低い腐食が観察され、dMB-MAT35株と同様の現象が起きていたと考えられます。100 ppmのKI3が添加された区画で腐食速度は最大となり、無菌区と比べるとdMB-MAT32株の腐食速度は4倍となり、好気性菌による腐食保護区画と比べると8倍でした。また、実際に腐食が生じている環境と同じ18 ppmでも、好気性菌の区画と比較すると、約4倍の腐食速度に達していました。(【図7】)

このように、ヨウ素イオン存在下で腐食を起こすヨウ素酸化細菌の分離に成功しました。この細菌の腐食メカニズムについては、ヨウ素酸化細菌の腐食機構 で説明致します。

【図7】かん水相当のヨウ化物イオン濃度における各分離株の腐食速度


文献:Corrosion of iron by iodide-oxidizing bacteria isolated from brine in an iodine production facility. Microb Ecol. 2015 Oct;68(3):519-527.

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