NBRCニュース 第101号

今号の内容
1.
新たにご利用可能となった微生物株
糸状菌では、ラン科植物の菌根菌として主に知られているTulasnella属の新種Tulasnella nematospora NBRC 117303Tを含むTulasnella属菌15株 (NBRC 117302~NBRC 117316) などを公開しました(1)。
細菌では、深海から分離されたフェノール分解菌 Limnobacter profundi NBRC 114111T、シアノバクテリア(Microcystis wesenbergii)から分離されたGemmobacter fulvus NBRC 111865などを公開しました。また、キャッサバの根圏土壌から分離されたStreptomyces gilvus NBRC 115859Tを含むStreptomyces属の分類学的基準株13株(NBRC 115640T、NBRC 115859T、NBRC 116116T-116118T、NBRC 116425T、NBRC 117572T-117578T)を公開しました。
【参考】
(1) https://www.jstage.jst.go.jp/article/mycosci/67/4/67_MYC700/_html/-char/en
【新たに分譲を開始した微生物資源】
https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/nbrc/new_strain/new_dna.html
細菌では、深海から分離されたフェノール分解菌 Limnobacter profundi NBRC 114111T、シアノバクテリア(Microcystis wesenbergii)から分離されたGemmobacter fulvus NBRC 111865などを公開しました。また、キャッサバの根圏土壌から分離されたStreptomyces gilvus NBRC 115859Tを含むStreptomyces属の分類学的基準株13株(NBRC 115640T、NBRC 115859T、NBRC 116116T-116118T、NBRC 116425T、NBRC 117572T-117578T)を公開しました。
【参考】
(1) https://www.jstage.jst.go.jp/article/mycosci/67/4/67_MYC700/_html/-char/en
【新たに分譲を開始した微生物資源】
https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/nbrc/new_strain/new_dna.html
◆RD株
乾燥や塩素への耐性、油脂の産生能を有する微細藻類55株と、「きみつ食の彩りプロジェクト」において収集した酵母6株、糸状菌12株、細菌133株、(うち乳酸菌131株)の提供を新たに開始しました。
【新たに提供を開始したRD株】
https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/rd/new_rd.html
【提供可能なRD株リスト】
https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/rd/available_rd_list.html
乾燥や塩素への耐性、油脂の産生能を有する微細藻類55株と、「きみつ食の彩りプロジェクト」において収集した酵母6株、糸状菌12株、細菌133株、(うち乳酸菌131株)の提供を新たに開始しました。
【新たに提供を開始したRD株】
https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/rd/new_rd.html
【提供可能なRD株リスト】
https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/rd/available_rd_list.html
2.
微生物あれこれ(68) 麴菌の遺伝子破壊株ライブラリについて
(公益財団法人野田産業科学研究所 小川真弘、東北大学大学院農学研究科 五味勝也)
2026年7月28日に、公益財団法人野田産業科学研究所(野田産研)および東北大学大学院農学研究科発酵微生物学寄附講座で作製した黄麴菌 Aspergillus oryzae の遺伝子破壊株ライブラリについて、NBRCが分譲を開始しました。そこで今回は黄麴菌のこと、そしてライブラリ作製の背景などを紹介します。
日本を代表する微生物である黄麴菌とそのゲノム解析
黄麴菌 A. oryzae は子嚢菌(しのうきん)のカビの仲間で、古くからわが国の醤油・味噌・日本酒の醸造に用いられてきました。また本菌は産業用酵素の生産にも利用されます。本菌の野生型株は完全培地上では黄緑色のコロニーを形成します (図 1A) 。この菌には有性生活環が確認されていないので無性生活環により増殖します。無性生活環における分生子(胞子)形成器官は「頂のう」と呼ばれるもので (図 1B)、ここに大量の分生子が形成されます (図 1C) 。この分生子が、わが国では種麴として古くから麴造りの際のスターターとして利用されてきました。黄麴菌A. oryzae はその重要性から、わが国を代表する微生物として日本醸造学会により「国菌」に認定されています(1)。また、黄麴菌は近縁種が産生するカビ毒であるアフラトキシンを作ることはありませんが、これは本菌が長い年月の間人類により利用され「家畜化」された結果と考えられています。A. oryzae はカビの中でも比較的早い時期にゲノムの解析が行われており、2005年には全ゲノム情報が公開され、本菌は12,000 個以上の遺伝子を有していることが分かっています(2)。
ライブラリ作製に向けた黄麴菌の遺伝子組換え系の改良
黄麴菌には約12,000個以上の遺伝子が存在しますが、その半数以上は機能が未知でした。そのため、網羅的に遺伝子を破壊しその機能を調べる必要があると考えられました。しかし、いざ麴菌で遺伝子を網羅的に破壊しようとすると大きな障壁がありました。それは、麴菌を含むカビには外来DNAの染色体への組込み経路が2つあるのですが (図2)、そのうちの非相同末端結合 (NHEJ) 経路(注1)が強いために、外来DNAである遺伝子破壊用のDNA断片が染色体上にランダムに取り込まれてしまい、相同組換えによる遺伝子破壊が起こりにくく、目的とする破壊株がなかなか取得できませんでした。このままでは麴菌での遺伝子の網羅的破壊は不可能であったのですが、2004 年にアカパンカビにおいてNHEJ関連遺伝子を破壊し遺伝子破壊を行いやすくする方法が報告され(3)、それに続く形で黄麴菌 A. oryzae でも、野田産研と東北大学がそれぞれで遺伝子破壊を行いやすくした麴菌を開発したことで、この問題を解決できました(4,5,6)。
野田産研における破壊株の作製
野田産研では「ku70」というNHEJ関連遺伝子を破壊し遺伝子破壊を行いやすくした黄麴菌が開発されました(4,5)。それを受けて麴菌の染色体工学を試みる生物系特定産業技術研究支援センター (生研支援センター)のプロジェクトが 2005 年から開始されました。その一環として、遺伝子破壊株の網羅的作製がスタートし、破壊するターゲットとして転写制御関連因子 (TF) の遺伝子が選ばれました。なぜTFであったかというと、TFは関連する複数の遺伝子を同時に制御しているため、破壊した場合に表現型の変化が表れやすいと考えられたからです。破壊するTFとしては、まず典型的な転写制御因子であるZn2Cys6 binuclear cluster タンパク質(注2)のようなDNA 結合タンパク質が選抜されました。また、クロマチン修飾因子(注3)などDNA結合タンパク質以外でも広範囲な遺伝子発現制御に関与する因子も破壊の対象としました。生研支援センターのプロジェクトは 2010 年に終了しましたが、その後も野田産研では破壊株作製を続け、最終的に400株を超える破壊株を得ることができました。ただし、標的遺伝子が生育に必須な場合は、破壊株が得られないものやヘテロカリオン(注4)の株しか得られないものもありました。
東北大学における破壊株の作製
東北大学では2018年10月に野田産研の支援を受けて発酵微生物学寄附講座が開設され、寄附講座の研究業務の一環として、野田産研で作製された遺伝子破壊株ライブラリの保管と分譲作業を行うとともに、TFのうち破壊が試みられていない約200個について破壊株作製を進めました。この時に使用した宿主株は、NHEJ経路の最終段階で機能するDNAリガーゼLigDの遺伝子を破壊した株です(6)。そして結果的には、TFについて野田産研作製の株と合わせて約600株の遺伝子破壊株が得られました(上でも述べたようにヘテロカリオンの株しか得られなかった遺伝子もあります)。TFに加えてさらにプロテインキナーゼ(PK)、プロテインホスファターゼ(PP)、ユビキチンリガーゼ(UL)の遺伝子についても網羅的な破壊株作製を試みました。これらの酵素は生命機能の制御に大きく関わっていることが知られているので、TFと同じように破壊することで表現型に変化が表れることが期待されたことから、次の破壊のターゲットとして選ばれました。PKは約130、PPは約40、ULは約60、の遺伝子を選抜し、破壊株を作製しました。ただ、生育に必須な遺伝子が多く存在しており、ヘテロカリオンの株しか得られないものがいくつかあります。
なお、破壊対象としたTF、PK、PP、ULの遺伝子はゲノム解析によって予測された遺伝子モデルのアノテーション(注5)などを参考に選抜したものであり、麴菌ゲノム中に存在するそれらに関するもの全てを網羅できているわけではないことをあらかじめお断りしておきます。
破壊株ライブラリの使用例
1) 野田産研における使用例
黄麴菌では分生子形成制御に関わる遺伝子の多くが未解明でしたが、本ライブラリには複数の分生子形成不全株があったためそれらを解析し、黄麴菌の分生子形成制御系の主要な部分を解明しました(7)。また、破壊株の中に菌核形成(注6)が旺盛な株が存在しており、解析の結果、分生子形成の初期過程に関与することからEcdRと名付けられた転写因子を見出しました(8)。さらに、黄麴菌は多糖類の一種であるマンナンを分解できますが、その分解系の制御因子は未知でした。そこで本ライブラリを用いたマンナン分解で生じるハロ(消化円)を指標としたプレートアッセイを行い、マンナン分解系の制御因子である ManR を見つけました(9)。
2) 東北大学における使用例
麴菌の醸造における最も重要な役割は、デンプン分解酵素やタンパク質分解酵素の生産です。日本酒製造ではデンプン分解酵素のうちグルコアミラーゼがグルコース生成に重要ですし、醬油や味噌製造ではプロテアーゼやペプチダーゼなどのタンパク質分解酵素が必要です。これらの酵素の多くは液体培養ではあまり生産されずに、固体培養で大量に生産されます。この固体培養特異的に生産される酵素の生産制御に関わる転写因子を探索するために、固体培養を模した寒天培地を用いてグルコアミラーゼB(GlaB)の生産を指標にしたプレートアッセイにより本ライブラリをスクリーニングした結果、FlbCという転写因子を見出しました(10)。
今回NBRCで分譲が開始されたライブラリは、研究用途に限定せず商業利用も可能なものとなっています。本ライブラリが我が国の発酵産業の益々の発展に役立つことを強く願っております。
麴菌遺伝子破壊株ライブラリはNBRCのこちらのページから購入できます。
https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/disruptant_library/index.html
注釈
注1)非相同末端結合(non-homologous end joining; NHEJ)/相同組換え(homologous recombination; HR):
NHEJはDNA断片を染色体へランダムに組み込む修復方法。HRは既存のDNA配列と似た部分を利用して正確にDNAを入れ替える方法。黄麴菌では目的の遺伝子破壊にNHEJの働きを抑え、HRを促進する必要があった。
注2)Zn2Cys6 binuclear cluster タンパク質:
DNAに結合して遺伝子発現を調整するカビや酵母に特徴的な転写因子の一種。亜鉛とシステインにより構成されるコンパクトな立体構造(クラスター)を持っており、これがDNAとの結合に関与する。
注3)クロマチン修飾因子:
DNAには直接結合せず、周囲のクロマチン構造を変化させ、広範囲に遺伝子発現を制御する因子。遺伝子破壊の対象にもなった。
注4.ヘテロカリオン:
黄麴菌は細胞内に複数の核をもつ「多核」の生物である。1つの細胞内に、異なる遺伝子型の核(正常核と破壊核)が共存する状態をヘテロカリオンと呼ぶ。一方、同一の遺伝子型の核(破壊核)のみを持つ状態はホモカリオンと呼ばれる。生育に必須な遺伝子の破壊株を作製しようとすると、全ての核の対象遺伝子が破壊されたホモカリオンは生育できず、正常核と破壊核が混在したヘテロカリオンだけが生育する。
注5.遺伝子モデルのアノテーション:
ゲノムを解析し、遺伝子の位置や機能を予測して説明を付ける作業。本ライブラリ作製では、その予測に基づき破壊対象遺伝子を選抜したが、同じ機能を持つ遺伝子だとしてもアノテーションされていないために選抜されなかったものが存在する可能性がある。
注6)菌核形成/EcdR:
黄麴菌は通常分生子を形成して増殖するが、ある生育条件下では菌核(菌糸が凝集してできた特殊な構造。黄麴菌の祖先に有性生活環があったころの名残という説もある)を多く作ることがある。野生型株では分生子を形成する培養条件で菌核形成が旺盛な株を解析した結果、分生子形成初期を制御する転写因子EcdRを発見した。
参考文献
(1) https://www.jozo.or.jp/gakkai/wp-content/uploads/sites/4/2020/02/koujikinnituite2.pdf
(2) Machida, M. et al. (2005) Nature, 438, 1157–1161.
DOI: 10.1038/nature04300
(3) Ninomiya, Y. et al. (2004) Proc Natl Acad Sci USA, 101, 12248-12253.
DOI: 10.1073/pnas.0402780101
(4) Takahashi, T. et al. (2006) Biosci Biotechnol Biochem, 70, 135-143.
DOI: 10.1271/bbb.70.135
(5) Takahashi, T. et al. (2006) Mol Gen Genomics 275, 460-470.
DOI: 10.1007/s00438-006-0104-1
(6) Mizutani, O. et al. (2008) Fungal Genet Biol 45, 878-889.
DOI: 10.1016/j.fgb.2007.12.010
(7) Ogawa, M. et al. (2010) Fungal Genet Biol 47, 10–18.
DOI: 10.1016/j.fgb.2009.10.004
(8) Jin, F. et al. (2011) Fungal Genet Biol 48, 1108–1115.
DOI: 10.1016/j.fgb.2011.10.001
(9) Ogawa, M. et al. (2012) Fungal Genet Biol 49, 987–995.
DOI: 10.1016/j.fgb.2012.09.006
(10) Tanaka, M. et al. (2016) Appl Microbiol Biotechnol 100, 5859–5868.
DOI: 10.1007/s00253-016-7419-6
日本を代表する微生物である黄麴菌とそのゲノム解析
黄麴菌 A. oryzae は子嚢菌(しのうきん)のカビの仲間で、古くからわが国の醤油・味噌・日本酒の醸造に用いられてきました。また本菌は産業用酵素の生産にも利用されます。本菌の野生型株は完全培地上では黄緑色のコロニーを形成します (図 1A) 。この菌には有性生活環が確認されていないので無性生活環により増殖します。無性生活環における分生子(胞子)形成器官は「頂のう」と呼ばれるもので (図 1B)、ここに大量の分生子が形成されます (図 1C) 。この分生子が、わが国では種麴として古くから麴造りの際のスターターとして利用されてきました。黄麴菌A. oryzae はその重要性から、わが国を代表する微生物として日本醸造学会により「国菌」に認定されています(1)。また、黄麴菌は近縁種が産生するカビ毒であるアフラトキシンを作ることはありませんが、これは本菌が長い年月の間人類により利用され「家畜化」された結果と考えられています。A. oryzae はカビの中でも比較的早い時期にゲノムの解析が行われており、2005年には全ゲノム情報が公開され、本菌は12,000 個以上の遺伝子を有していることが分かっています(2)。

ライブラリ作製に向けた黄麴菌の遺伝子組換え系の改良
黄麴菌には約12,000個以上の遺伝子が存在しますが、その半数以上は機能が未知でした。そのため、網羅的に遺伝子を破壊しその機能を調べる必要があると考えられました。しかし、いざ麴菌で遺伝子を網羅的に破壊しようとすると大きな障壁がありました。それは、麴菌を含むカビには外来DNAの染色体への組込み経路が2つあるのですが (図2)、そのうちの非相同末端結合 (NHEJ) 経路(注1)が強いために、外来DNAである遺伝子破壊用のDNA断片が染色体上にランダムに取り込まれてしまい、相同組換えによる遺伝子破壊が起こりにくく、目的とする破壊株がなかなか取得できませんでした。このままでは麴菌での遺伝子の網羅的破壊は不可能であったのですが、2004 年にアカパンカビにおいてNHEJ関連遺伝子を破壊し遺伝子破壊を行いやすくする方法が報告され(3)、それに続く形で黄麴菌 A. oryzae でも、野田産研と東北大学がそれぞれで遺伝子破壊を行いやすくした麴菌を開発したことで、この問題を解決できました(4,5,6)。

野田産研における破壊株の作製
野田産研では「ku70」というNHEJ関連遺伝子を破壊し遺伝子破壊を行いやすくした黄麴菌が開発されました(4,5)。それを受けて麴菌の染色体工学を試みる生物系特定産業技術研究支援センター (生研支援センター)のプロジェクトが 2005 年から開始されました。その一環として、遺伝子破壊株の網羅的作製がスタートし、破壊するターゲットとして転写制御関連因子 (TF) の遺伝子が選ばれました。なぜTFであったかというと、TFは関連する複数の遺伝子を同時に制御しているため、破壊した場合に表現型の変化が表れやすいと考えられたからです。破壊するTFとしては、まず典型的な転写制御因子であるZn2Cys6 binuclear cluster タンパク質(注2)のようなDNA 結合タンパク質が選抜されました。また、クロマチン修飾因子(注3)などDNA結合タンパク質以外でも広範囲な遺伝子発現制御に関与する因子も破壊の対象としました。生研支援センターのプロジェクトは 2010 年に終了しましたが、その後も野田産研では破壊株作製を続け、最終的に400株を超える破壊株を得ることができました。ただし、標的遺伝子が生育に必須な場合は、破壊株が得られないものやヘテロカリオン(注4)の株しか得られないものもありました。
東北大学における破壊株の作製
東北大学では2018年10月に野田産研の支援を受けて発酵微生物学寄附講座が開設され、寄附講座の研究業務の一環として、野田産研で作製された遺伝子破壊株ライブラリの保管と分譲作業を行うとともに、TFのうち破壊が試みられていない約200個について破壊株作製を進めました。この時に使用した宿主株は、NHEJ経路の最終段階で機能するDNAリガーゼLigDの遺伝子を破壊した株です(6)。そして結果的には、TFについて野田産研作製の株と合わせて約600株の遺伝子破壊株が得られました(上でも述べたようにヘテロカリオンの株しか得られなかった遺伝子もあります)。TFに加えてさらにプロテインキナーゼ(PK)、プロテインホスファターゼ(PP)、ユビキチンリガーゼ(UL)の遺伝子についても網羅的な破壊株作製を試みました。これらの酵素は生命機能の制御に大きく関わっていることが知られているので、TFと同じように破壊することで表現型に変化が表れることが期待されたことから、次の破壊のターゲットとして選ばれました。PKは約130、PPは約40、ULは約60、の遺伝子を選抜し、破壊株を作製しました。ただ、生育に必須な遺伝子が多く存在しており、ヘテロカリオンの株しか得られないものがいくつかあります。
なお、破壊対象としたTF、PK、PP、ULの遺伝子はゲノム解析によって予測された遺伝子モデルのアノテーション(注5)などを参考に選抜したものであり、麴菌ゲノム中に存在するそれらに関するもの全てを網羅できているわけではないことをあらかじめお断りしておきます。
破壊株ライブラリの使用例
1) 野田産研における使用例
黄麴菌では分生子形成制御に関わる遺伝子の多くが未解明でしたが、本ライブラリには複数の分生子形成不全株があったためそれらを解析し、黄麴菌の分生子形成制御系の主要な部分を解明しました(7)。また、破壊株の中に菌核形成(注6)が旺盛な株が存在しており、解析の結果、分生子形成の初期過程に関与することからEcdRと名付けられた転写因子を見出しました(8)。さらに、黄麴菌は多糖類の一種であるマンナンを分解できますが、その分解系の制御因子は未知でした。そこで本ライブラリを用いたマンナン分解で生じるハロ(消化円)を指標としたプレートアッセイを行い、マンナン分解系の制御因子である ManR を見つけました(9)。
2) 東北大学における使用例
麴菌の醸造における最も重要な役割は、デンプン分解酵素やタンパク質分解酵素の生産です。日本酒製造ではデンプン分解酵素のうちグルコアミラーゼがグルコース生成に重要ですし、醬油や味噌製造ではプロテアーゼやペプチダーゼなどのタンパク質分解酵素が必要です。これらの酵素の多くは液体培養ではあまり生産されずに、固体培養で大量に生産されます。この固体培養特異的に生産される酵素の生産制御に関わる転写因子を探索するために、固体培養を模した寒天培地を用いてグルコアミラーゼB(GlaB)の生産を指標にしたプレートアッセイにより本ライブラリをスクリーニングした結果、FlbCという転写因子を見出しました(10)。
今回NBRCで分譲が開始されたライブラリは、研究用途に限定せず商業利用も可能なものとなっています。本ライブラリが我が国の発酵産業の益々の発展に役立つことを強く願っております。
麴菌遺伝子破壊株ライブラリはNBRCのこちらのページから購入できます。
https://www.nite.go.jp/nbrc/cultures/disruptant_library/index.html
注釈
注1)非相同末端結合(non-homologous end joining; NHEJ)/相同組換え(homologous recombination; HR):
NHEJはDNA断片を染色体へランダムに組み込む修復方法。HRは既存のDNA配列と似た部分を利用して正確にDNAを入れ替える方法。黄麴菌では目的の遺伝子破壊にNHEJの働きを抑え、HRを促進する必要があった。
注2)Zn2Cys6 binuclear cluster タンパク質:
DNAに結合して遺伝子発現を調整するカビや酵母に特徴的な転写因子の一種。亜鉛とシステインにより構成されるコンパクトな立体構造(クラスター)を持っており、これがDNAとの結合に関与する。
注3)クロマチン修飾因子:
DNAには直接結合せず、周囲のクロマチン構造を変化させ、広範囲に遺伝子発現を制御する因子。遺伝子破壊の対象にもなった。
注4.ヘテロカリオン:
黄麴菌は細胞内に複数の核をもつ「多核」の生物である。1つの細胞内に、異なる遺伝子型の核(正常核と破壊核)が共存する状態をヘテロカリオンと呼ぶ。一方、同一の遺伝子型の核(破壊核)のみを持つ状態はホモカリオンと呼ばれる。生育に必須な遺伝子の破壊株を作製しようとすると、全ての核の対象遺伝子が破壊されたホモカリオンは生育できず、正常核と破壊核が混在したヘテロカリオンだけが生育する。
注5.遺伝子モデルのアノテーション:
ゲノムを解析し、遺伝子の位置や機能を予測して説明を付ける作業。本ライブラリ作製では、その予測に基づき破壊対象遺伝子を選抜したが、同じ機能を持つ遺伝子だとしてもアノテーションされていないために選抜されなかったものが存在する可能性がある。
注6)菌核形成/EcdR:
黄麴菌は通常分生子を形成して増殖するが、ある生育条件下では菌核(菌糸が凝集してできた特殊な構造。黄麴菌の祖先に有性生活環があったころの名残という説もある)を多く作ることがある。野生型株では分生子を形成する培養条件で菌核形成が旺盛な株を解析した結果、分生子形成初期を制御する転写因子EcdRを発見した。
参考文献
(1) https://www.jozo.or.jp/gakkai/wp-content/uploads/sites/4/2020/02/koujikinnituite2.pdf
(2) Machida, M. et al. (2005) Nature, 438, 1157–1161.
DOI: 10.1038/nature04300
(3) Ninomiya, Y. et al. (2004) Proc Natl Acad Sci USA, 101, 12248-12253.
DOI: 10.1073/pnas.0402780101
(4) Takahashi, T. et al. (2006) Biosci Biotechnol Biochem, 70, 135-143.
DOI: 10.1271/bbb.70.135
(5) Takahashi, T. et al. (2006) Mol Gen Genomics 275, 460-470.
DOI: 10.1007/s00438-006-0104-1
(6) Mizutani, O. et al. (2008) Fungal Genet Biol 45, 878-889.
DOI: 10.1016/j.fgb.2007.12.010
(7) Ogawa, M. et al. (2010) Fungal Genet Biol 47, 10–18.
DOI: 10.1016/j.fgb.2009.10.004
(8) Jin, F. et al. (2011) Fungal Genet Biol 48, 1108–1115.
DOI: 10.1016/j.fgb.2011.10.001
(9) Ogawa, M. et al. (2012) Fungal Genet Biol 49, 987–995.
DOI: 10.1016/j.fgb.2012.09.006
(10) Tanaka, M. et al. (2016) Appl Microbiol Biotechnol 100, 5859–5868.
DOI: 10.1007/s00253-016-7419-6
3.
「きみつ食の彩りプロジェクト」で採集された乳酸菌を使ってみませんか?
(山口 薫)
微生物あれこれ(43)ではNBRCが行った地域産業振興支援事業である「きみつ食の彩りプロジェクト『カラー工房(酵母)』」についてご紹介しました。今回は、その続編として、清酒酵母Saccharomyces cerevisiae以外の分離株のご紹介です。
君津市が全国有数の産地となっているカラーは、白い花であることからブライダルイメージがあり、ブーケや装花として人気があります。なお、花びらのように見える白い部分は、実際には苞(ほう)と呼ばれる葉が変形したものであり、真の花は苞の内側にある黄色い棒状の部分です。
このプロジェクトでは、カラー農家さんの協力を得て、アクアホワイト、ウエディングマーチ、しろたえの3品種のカラーの花、苞、葉、枯れ葉、茎、根等から微生物の分離を行いました。
いずれの箇所からも乳酸菌が分離され、分離株には、Lactobacillus属(広義)、Lactococcus属、Leuconostoc属などの代表的な乳酸菌が含まれています。また、分類学上は乳酸菌と区別されますが、Bacillus属の仲間であり、有胞子性乳酸産生菌として知られるHeyndrickxia coagulans (synonym Bacillus coagulans)に近縁な菌株も得られています。
カラー由来の乳酸菌は、製品化を検討されている皆様にとっても、きっと魅力的な素材となるのではないでしょうか。
これら菌株は、この度、NBRCがRD株として新たに公開しましたので、興味をお持ちの方はぜひご活用をご検討ください。なお、乳酸菌以外にも、カラーから分離したGeotrichum属、Mucor属、Aspergillus属などの酵母や糸状菌もRD株として公開していますので、こちらもぜひご活用ください。
君津市が全国有数の産地となっているカラーは、白い花であることからブライダルイメージがあり、ブーケや装花として人気があります。なお、花びらのように見える白い部分は、実際には苞(ほう)と呼ばれる葉が変形したものであり、真の花は苞の内側にある黄色い棒状の部分です。
このプロジェクトでは、カラー農家さんの協力を得て、アクアホワイト、ウエディングマーチ、しろたえの3品種のカラーの花、苞、葉、枯れ葉、茎、根等から微生物の分離を行いました。
いずれの箇所からも乳酸菌が分離され、分離株には、Lactobacillus属(広義)、Lactococcus属、Leuconostoc属などの代表的な乳酸菌が含まれています。また、分類学上は乳酸菌と区別されますが、Bacillus属の仲間であり、有胞子性乳酸産生菌として知られるHeyndrickxia coagulans (synonym Bacillus coagulans)に近縁な菌株も得られています。
カラー由来の乳酸菌は、製品化を検討されている皆様にとっても、きっと魅力的な素材となるのではないでしょうか。
これら菌株は、この度、NBRCがRD株として新たに公開しましたので、興味をお持ちの方はぜひご活用をご検討ください。なお、乳酸菌以外にも、カラーから分離したGeotrichum属、Mucor属、Aspergillus属などの酵母や糸状菌もRD株として公開していますので、こちらもぜひご活用ください。

4.
NITE講座「産学官で拓くバイオものづくりの未来
~ドライとウェットの融合で加速する社会実装~」開催のご案内
微生物を活用した「バイオものづくり」に関する最新の政策動向や取組事例をご紹介する講座、「産学官で拓くバイオものづくりの未来 ~ドライとウェットの融合で加速する社会実装~」を開催します。
微生物の産業利用、社会実装に向けた研究開発、産学官で連携した「バイオものづくり」に関心のある皆様のご参加をお待ちしております。当日の会場では名刺交換会も予定しています。是非ご来場ください。
◆セミナー概要
日時:2026年11月6日(金)13:30~17:00(予定)
開催形式:ハイブリッド(会場+オンライン)
会場:NITE本所(NITEスクエア)(東京都渋谷区西原2-49-10)
参加費:無料
定員(先着順):会場参加 60名、オンライン参加 1,000名
申込方法:後日、以下のページにて掲載公開予定
【NITE講座】無料講座:産学官で拓くバイオものづくりの未来 開催のお知らせ | バイオテクノロジー | 製品評価技術基盤機構
参加募集の開始は10月初旬を予定しています。会場参加およびオンライン参加のいずれも可能なハイブリッド開催で、参加費は無料です。
微生物の産業利用、社会実装に向けた研究開発、産学官で連携した「バイオものづくり」に関心のある皆様のご参加をお待ちしております。当日の会場では名刺交換会も予定しています。是非ご来場ください。
◆セミナー概要
日時:2026年11月6日(金)13:30~17:00(予定)
開催形式:ハイブリッド(会場+オンライン)
会場:NITE本所(NITEスクエア)(東京都渋谷区西原2-49-10)
参加費:無料
定員(先着順):会場参加 60名、オンライン参加 1,000名
申込方法:後日、以下のページにて掲載公開予定
【NITE講座】無料講座:産学官で拓くバイオものづくりの未来 開催のお知らせ | バイオテクノロジー | 製品評価技術基盤機構
参加募集の開始は10月初旬を予定しています。会場参加およびオンライン参加のいずれも可能なハイブリッド開催で、参加費は無料です。
5.
DBRP(生物資源データプラットフォーム)
~更新情報のお知らせ~
■「しずおか有用微生物ライブラリー」のデータを追加公開(2026年7月21日)
DBRPで公開している「しずおか有用微生物ライブラリー」は、静岡県の地域資源から分離された発酵食品に有用な酵母や乳酸菌等を収録したコレクションです。
このたび、「しずおか有用微生物ライブラリー」の酵母3株(Saccharomyces cerevisiae NMZ-1244、NMZ-1245、NMZ-1246) のデータを追加公開しました。
これらの株は、小規模試作試験においてビール製品への利用が期待されており、静岡県内で生産、製造を行う方を対象に分譲されています。ご興味のある方は、[DBRP] プロジェクト情報からお申し込み先、ご利用条件などをご確認ください。
DBRPに登録されている「しずおか有用微生物ライブラリー」の情報は下記URLをご参照ください。
【「しずおか有用微生物ライブラリー」コレクション情報】
https://www.nite.go.jp/nbrc/dbrp/dataview?dataId=COLL0000200000001
DBRPで公開している「しずおか有用微生物ライブラリー」は、静岡県の地域資源から分離された発酵食品に有用な酵母や乳酸菌等を収録したコレクションです。
このたび、「しずおか有用微生物ライブラリー」の酵母3株(Saccharomyces cerevisiae NMZ-1244、NMZ-1245、NMZ-1246) のデータを追加公開しました。
これらの株は、小規模試作試験においてビール製品への利用が期待されており、静岡県内で生産、製造を行う方を対象に分譲されています。ご興味のある方は、[DBRP] プロジェクト情報からお申し込み先、ご利用条件などをご確認ください。
DBRPに登録されている「しずおか有用微生物ライブラリー」の情報は下記URLをご参照ください。
【「しずおか有用微生物ライブラリー」コレクション情報】
https://www.nite.go.jp/nbrc/dbrp/dataview?dataId=COLL0000200000001
6.
NBRCが展示、発表等を行うイベントについて
以下のイベントにて発表を行います。ぜひご参加ください。
トーゴーの日シンポジウム2026
日時:2026年10月5日(月)
会場:品川ザ・グランドホール(東京都港区港南2-16-4 品川グランドセントラルタワー3階)
URL:https://biosciencedbc.jp/event/symposium/togo2026/
NITEの参加形態:ポスター発表
BioJapan 2026
日時:2026年10月7日(水)~10月9日(金)
会場:パシフィコ横浜(神奈川県横浜市西区みなとみらい1-1-1)
URL:https://jcd-expo.jp/jp/
NITEの参加形態:ブース出展、出展者プレゼンテーションでの講演
日本食品衛生学会 第122回学術講演会
日時:2026年10月22日(木)~10月23日(金)
会場:千里ライフサイエンスセンター(大阪府豊中市新千里東町1-4-2)
URL:https://shokuhineisei.or.jp/archives/7418
NITEの参加形態:ブース出展、技術セミナー開催
トーゴーの日シンポジウム2026
日時:2026年10月5日(月)
会場:品川ザ・グランドホール(東京都港区港南2-16-4 品川グランドセントラルタワー3階)
URL:https://biosciencedbc.jp/event/symposium/togo2026/
NITEの参加形態:ポスター発表
BioJapan 2026
日時:2026年10月7日(水)~10月9日(金)
会場:パシフィコ横浜(神奈川県横浜市西区みなとみらい1-1-1)
URL:https://jcd-expo.jp/jp/
NITEの参加形態:ブース出展、出展者プレゼンテーションでの講演
日本食品衛生学会 第122回学術講演会
日時:2026年10月22日(木)~10月23日(金)
会場:千里ライフサイエンスセンター(大阪府豊中市新千里東町1-4-2)
URL:https://shokuhineisei.or.jp/archives/7418
NITEの参加形態:ブース出展、技術セミナー開催
編集後記
先日、実家の掃除をしている際に、亡き祖父の機械式の腕時計が見つかりました。昭和レトロなデザインと長年使い込まれた風合いに魅力を感じていると、祖母が「もらっていいよ」と譲ってくれました。さっそくオーバーホールに出したところ、再び元気に時を刻み始めました。調べてみると、この時計は60年以上前に祖父が私と同じくらいの年齢時に購入したものだと分かり、不思議な縁を感じました。また、長い年月を経ても動き続ける日本のものづくりの技術力にも深く感銘を受けました。バイオ分野になりますが、微生物の提供や情報発信を通じて日本の技術発展に少しでも貢献できるよう、この時計とともに時を刻んでいきたいです。(牧 晋太郎)
先日、実家の掃除をしている際に、亡き祖父の機械式の腕時計が見つかりました。昭和レトロなデザインと長年使い込まれた風合いに魅力を感じていると、祖母が「もらっていいよ」と譲ってくれました。さっそくオーバーホールに出したところ、再び元気に時を刻み始めました。調べてみると、この時計は60年以上前に祖父が私と同じくらいの年齢時に購入したものだと分かり、不思議な縁を感じました。また、長い年月を経ても動き続ける日本のものづくりの技術力にも深く感銘を受けました。バイオ分野になりますが、微生物の提供や情報発信を通じて日本の技術発展に少しでも貢献できるよう、この時計とともに時を刻んでいきたいです。(牧 晋太郎)
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・NBRCニュースは偶数月に配信しています。次号(第102号)は2026年12月初旬の配信を予定しています。
編集・発行
独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)バイオテクノロジーセンター(NBRC)
NBRCニュース編集局(nbrcnews【@】nite.go.jp)
(メールを送信される際は@前後の【】を取ってご利用ください)
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生物資源利用促進課
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